11月 18, 2023 17:26 Asia/Tokyo

イラン人芸術家のスィヤーマク・ジャムシーディーザーデ氏は、イラン風の絵画について独自の考えを持っています。

ジャムシーディーザーデさんは、大学で絵画を専攻し、多くの雑誌でグラフィストとして活躍してきました。

今日は、ジャムシーディーザーデさんにその作風について伺いたいと思います。

 

― 絵画に興味を持たれるようになったきっかけは、どのようなものでしたか?

ジャムシーディーザーデ氏:私が11歳の時、両親は私を絵画教室に連れて行ってくれました。

私は当時、色鉛筆やごく単純な道具で絵を描けるようになっていました。

ですが、教室で絵を教えてくれたイランの偉大な画家・彫刻家であるイーラジ・ザンド氏は、花や家のような単純な絵を描いていた私のような子供たちに、ものの立方な描き方を教えてくれました。このことが、私たちの(絵に対する)捉え方の基盤を作りました。

ザンド先生は私たちに、立体感というものについて教えてくれました。私たちはまだ小さく、先生が何を教えようとしているのか、何をしようとしているのかを、正確には理解していませんでしたが、先生は私たちに、建築や彫刻製作に触れさせてくれたのです。

このように、私の絵画教室通いは単なる暇つぶしではなく、私の人生やものの考え方を変えたのです。

 

― あなたの作品は、現代的でありながらも、ある種のイラン的な雰囲気を保っていて、他の画家の作品とは違うものになっていますね。この違いについて説明していただけますか?

ジャムシーディーザーデ氏:美術史を紐解いてみると、昔の絵画スタイルには1つの規則のようなものあり、写実的な西洋絵画とイランの絵画には、違いが存在したのが分かります。

イランの絵画は、基本的に2次元で構成され、ある種の抽象画だと言えます。

イランの絨毯や敷物、モスクの化粧タイル、唐草模様などに見られるように、私たちの文明はおそらく、抽象的なイメージを持った最初の文明の 1 つに数えられるでしょう。この抽象的というのは、写実的ではないものの、自然物を想起させるという意味です。

私はイラン人なので、自分の作品がイラン風であってほしいと考えています。私は、自分の作品を二次元的なものと考え、その中で自分の言いたいことを表現したいと思っています。

私は、現代という時代に生きています。したがって私の表現は、今日の社会と生活を表すものとなります。しかしそれと同時に、私の本質や人生哲学は、イラン人であることに繋がっているのです。

技法的な面から言えば、実のところ私は様々な画材を組み合わせる方法を取っています。つまり、水彩、ワックス、色鉛筆などの画材を単一で使っている訳ではないということです。

私が表現したい内容や概念に従って、画材や技法が決まるのです。

たとえば、私はある一編の詩について作品を制作する時、その詩が現実世界を題材にしていれば写真を素材に使います。つまり、ドキュメンタリー的な作品であれば、写真を用いるということです。なぜなら、ある人物の写真が存在しているのに、時間をかけてその人物の絵を描く理由が見当たらないからです。素材に用いる写真がその人物だと示してくれますから、その部分は写真を用い、他の部分を描いていくのです。

実際、私が作品で用いる技法は、その作品の内容自体が決めて先に進めてくれるのです。 

 

― お話の続きは、アトリエの中でお伺いしましょう。

ジャムシーディーザーデ氏:現在制作中のこの作品では、人間がテーマとなっています。

国境、宗教、人種を超えた、純粋な「人間」です。イラン人、ヨーロッパ人、はたまた日本人かも、関係ありません。私にとって大事なことは、人物が「人間」であることです。これらの人々は、一カ所に集まっています。私たちは、彼らが何か作業をしていることは見てわかりますが、具体的なことはわかりません。そこは問題ではないのです。なぜなら、私が(作品内で)強調しているのは、彼らが人間であるということだからです。

私は、自分の全て作品について、例えそれがフォトモンタージュや写真を素材にした作品であっても、先ほどお話したイラン的精神や二次元性が、その中に存在していると思っています。

実のところ私は、さまざまな画材や素材を用いながらも、決まったひとつの手法で描いていると言えるのです。

 


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