定年退職後の人生
最終回の今回は、定年退職後の時期について考えていくことにいたしましょう・。
人間にとって、定年退職後の時期の重要性は、そのほかの時期に比べて、決して低いものではありません。この時期は、文化的、社会的、経済的な状況に適した計画や、何らかの原則に沿った方針を伴わなければ、定年を迎えた本人やその家族が、経済的、社会的、精神的な問題を抱える可能性があります。
過去においては、老齢期は年齢ではなく、容姿や見た目、そして身体的な能力の変化により判断されていました。しかし、現在では老年期に関する法的な定義があり、ある決まった年齢をさします。即ち、老年期とはその人が定年退職し、通常は政府から福利厚生を受ける時期とされています。しかし、定年退職により、その人の生活には空白が生じるのが普通であり、それを埋めることは容易ではありません。この時期は、極めて重要な過渡期なのです。
定年を間近に控えた人は、そのしばらく前から精神的なプレッシャーにさいなまれ、それまでの行動様式に乱れが生じます。ですが、ここでよく考え、定年後の生活も人生の一部であるという現実を受け入れることが出来れば、定年後の問題に、より論理的に対処できるはずです。イランの著名な言語学者のアリー・アクバル・デホダーは、定年という言葉の意味を、立ち上がること、そして再び蘇ることであると解釈しています。定年を迎えた人が、このような考え方が出来れば、人生の新たな時期をよい形で過ごせることは、言うまでもありません。
定年を迎えた人は、蓄積した知識や技術、教わり、気づいた事柄や経験をほかの人々伝えることができます。このような経験の伝承は、個人に多くの喜びをもたらします。イギリスの著名の哲学者バートランド・ラッセルは、90歳の誕生日にある論説を執筆しており、その中で老年期について次のように述べています。
「老年期には、メリットとデメリットがある。そのデメリットは明確であり、あまり興味深いものではない。だが、そのメリットは数多く存在する。なぜなら、過去がその人の経験に加わるからである。私は、若いときには才能がありながらたいした事もせず、経験を積んでから、何をすべきかに気づいた人々の人生を目にしてきた」
定年後の人生は、そのほかの時期と同じように重要です。調査の結果から、多くの人々が老年期に人生の大きな成功を収めていることが分かっています。学者の多くは、人生のこの時期において科学的な事実を発見しています。ですから、老年期はそれまでの人生の延長であり、それまでの私たちの努力の成果が積み重ねられていると捉えることができるのです。心理学者も、芸術家や作家は高齢を迎えた時の方が、より有益な見解に達することができる、と強調しています。
アメリカの有名な心理学者エリクソンは、定年後の時期を実り多い時期であるとしています。それは、その人にとって適した状況がつくられるからです。そうでなければ、その人は虚無感を感じることになるでしょう。エリクソンはまた、老年期は文化的に、社会の責務を引き受ける時期だとしています。
チャーチルやピカソ、ラッセルといった著名人の多くの人生は、まさにこの事実を物語っています。彼らは、90歳という高齢を迎えても、記憶力を持ち続けていました。フランスの哲学者ヴォルテールは1764年、70歳のときに『哲学辞典』を著しており、エジソンも70歳で新たな発明を行っています。
人生の新たな時代の幕開けと共に、憂鬱な気分や苛立ち、不満を覚えるのはごく自然なことです。しかし、何よりも、定年を迎えることは避けられない現実であることを本人が受け入れるべきであり、こうした一連の精神状態に影響されてはなりません。定年という現実を受け入れる最善の方法は、自分や周りの人にとって楽しい時間を作ることです。このように、定年は人生の新しい時代をスタートさせる、新たな生まれ変わりと始まりの時期なのです。
人生の新たな時期に入る時には、ある種の不安を伴うのが普通です。実際、人生におけるあらゆる変化はそれがプラス、マイナスのいずれであっても、その人に緊張やストレスといった症状が現れる可能性があります。定年という人生の重要な変化にうまく対応できない場合、その人は苛立ちやすく、塞ぎこみ、満足感がなく、何かにつけて口実をつけるようになってしまいます。こうした変化に屈してしまった場合、自分の身なりに無頓着になり、次第に友人をも失っていくことになります。
しかし、定年を迎えた人は誰でも、計画性ある人生を歩み、多くの驚きを体験する世界に足を踏み入れることができます。また、新たに社会的な責務を請け負い、長年にわたる努力や仕事、経験により、成果を挙げている自分が、まだまだ有益な人材であることを、全ての人々に証明することができます。
アメリカ人の専門家たちが、定年退職した人々に勧めていることとは、パートタイムの仕事を見つけ、緊張やストレスをもたらす問題を考えないようにすることです。それは、何もしないと、様々な病気のもととなる可能性のある問題に気をとられてしまうからです。
定年退職者に対しては、毎日決まった時間に決まった場所に行かなければならないような職業を避け、自分の望む内容の職業を選ぶことが推奨されています。そうした職業として、非営利団体や慈善団体での仕事が挙げられます。アメリカ・ミシガン州にある大学で行われた調査研究によれば、慈善事業や助け合いといったボランティア活動を行っている人々は、そうでない人より60%も寿命が長いことが分かっています。
定年を迎えた人々の経験を合理的に活用するもう1つの例は、孫の世話を初めとする家庭の活動に積極的に参加してもらうことです。彼らは、子どもたちを伝統・文化といった遺産に触れさせ、倫理的な価値観を子どもに教えることができます。こうしたことを行わない場合、定年を迎えた人々は孤独感にさいなまれることになるでしょう。一人でいることは、痴呆症にかかる危険性を高めます。
こうした病気の症状を予防する助けとなるもう1つの方法は、スポーツです。スポーツは、健康の維持はもとより、定年を迎えた人の余暇の一部を過ごす上で非常に有益であり、また必要でもあります。
専門家の間では、パーティーに行ったり、他人の訪問や招待を受け入れること、式典などに参加することも、定年を迎えた人々の余暇の過ごし方の1つとして奨励されています。こうした変化は、彼らの精神状態に非常によい影響を与えると思われます。
定年を迎えた人の多くが、今まですんでいた場所に飽きたならば、模様替えなどでできる限り自宅に変化を持たせるべきです。さらに、専門家が定年退職者に奨励している事柄の中で最も重要なことは、宗教的な行為や祈祷の実施や、宗教施設に足を運ぶこととされています。それは、礼拝などの宗教的行為により、彼らの心と体が強化され、様々な病気にかかりにくくなるからです。
それでは、これに関するイスラムの預言者ムハンマドの言葉をご紹介し、この番組を締めくくることにいたしましょう。預言者ムハンマドは、次のように述べています。
”部族の高齢者は、共同体における預言者のような存在に等しい”
次回からは新番組をお届けします。どうぞ、お楽しみに。