May 08, 2017 14:57 Asia/Tokyo
  • 他人に寛容に接すること

他人との人間関係を改善し、発展させる上で驚くべき効果を発揮する原則の1つは、他人に寛容に接することです。

寛容さとは、他人の反対意見に対しても、穏やかさを持って、論理的、理知的に対応することを意味します。今夜は、コーランで述べられている生活様式における、他人への寛容さについてお話することにいたしましょう。

 

私たちが他人の言葉や行動に強い反発を示す原因の1つは、それが期待に沿わないものだからです。ある人が自分の見解や信条にそぐわない行動をとったとき、大きな負担となります。この問題は、自己愛に陥っている人や完ぺき主義的な人々の間に多く見られます。こうした人々は、周りの人々が自分と同じように行動することを望んでいます。もっとも、この問題は言い換えれば、安心感を得る上での助けとなります。

ここで留意すべきことは、この世に生きている人々は誰もが、独自の行動様式や見解を持っているということです。自分は他人を変えることができるほどの能力を持つと主張することはできず、また、彼らを変えさせるためにエネルギーを費やすことのできる人はほとんどいません。

心理学者は常に、他人の存在を受け入れ、私たちの世界は一部だという事実を受け入れるよう奨励しています。私たちが、他人も自分と同じようにあってほしいと考えているように、彼らも私たちにそれを期待しています。注目すべきことは、人々の考え方は様々だということです。ですから、自分の見方から他人に期待するのではなく、あるがままに彼らを見て、理解するよう努めなければなりません。

 

他人との関係を改善し、強化する中で、よい影響を及ぼすのは、他人に対する寛容さです。どのような場合にも容易に穏やかな関係を築ける一般的な方法として、ここでは他人に寛容に接する方法をお勧めしたいと思います。

一部の若者は、心と体の成長段階にあることから攻撃的な性格を持っており、柔軟性が不足している一方で、他人が自分に穏やかに接することを期待しています。しかし、現実には人生は常に平坦ではなく、困難も存在しており、他人を寛大に受けいれることによってのみ、問題を克服することができるのです。

 

イスラムの聖典コーランの多くの節では、忍耐や寛容について述べられています。コーランは、神からの預言者ムハンマドを介して人類に下されました。コーランが下された当時、アラビア半島は、文化的に貧しい地域でした。しかし、コーランの教えはそれほど長くない間に、アラビア半島のみならず、その周辺の地域にも拡大していったのです。専門家は、その原因としてコーランが対話や寛容をベースとしたものであることを指摘しています。

コーランは、人間を教育し、人々の心を互いにに近づけ、平和的で親しい雰囲気を生み出すために、他人の行動に対して忍耐強くあることを奨励しています。

コーランの教えでは、他人の考え方や視点を理解し、それを修正するためにはまず、彼らの発言によく耳を傾け、それが正しいか誤っているかを述べるべきだとされています。私たちは、様々な意見や行動を受けとめる柔軟さを持ち、その中から正しいものを選び取る必要があります。これについて、コーラン第39章、アッズマル章「集団」、第17節と18節では次のように述べられています。

"我が僕たちに吉報を伝えるがよい。それは、神の言葉を聞いて、その中の最も良いところに従う者たちである。彼らこそは、神が導かれた者であり、彼らこそは賢者たちである”

コーランでは預言者に対し、最高の方法で、また最高の状態かつ善良な説教により人々を神の方向に導くこと、また彼らの質問に答え、反対派をもうまく収め、彼らを納得させるためにもこうした方法をとることを命じており、第16章、アン・ナフル章、「ミツバチ」第125節において次のように述べています。

”英知と良い話し方をもって、すべての人々をあなたの主の道に招くがよい。最善の態度でかれらと議論しなさい”

寛容の精神を持つことの最大の特徴は、他人の信条や考え方を尊重することです。他人からの批判を受け入れる態度とは、自分に対する批判に耳を傾ける技術であり、自分についてさらに深く認識できるようになる上で効果的な要素の1つです。それにより、他人に寛容に接する能力がさらに高まります。それは、他人から批判されることで自分に足りないものや欠点に気づいたときに、一見受け入れがたい他人の行動をも受け入れられるようになるからです。

たとえば、他人の意見や行動を容認できないとき、怒りを感じるとき、実際には絶対に自分のほうが正しく、相手側が間違っているということを怒りで示す人が多いのではないでしょうか。しかし、寛容な精神を身につければ、私たちはそれを厳しくとらず、自分を高め、さらに友好と平和の文化を推進する社会的な機会を利用する能力を持つ人間になることができるのです。さらに、社会において文化的な関係を様々な階層の人々の間に広め、建設的な対話を行うことができれば、それは緊張やストレスを解消し、社会の健康にもつながるのではないでしょうか。