2018年 4月13日 山口・中村【音声】
金曜広場 2018年 4月13日 山口・中村【音声】
(山口)さて、中村さん、イランでは春の新年ノウルーズのお休みも終わって、すっかり平常モードに戻っていますよね。年始周りでの来客の応対や、こちらからの訪問も一段落しましてやれやれという感じです。今年もまた、ラジオでの勤務時間以外はほとんど、お客様の応対ですとか、おもてなしに使う果物や果物、お茶、食器類の準備、室内の簡単な片付け作業であっという間に過ぎたという感じですが、中村さんはノウルーズの期間をどのように過ごされましたでしょうか?
(中村)私も同じです。親戚は気の置けない人が多いので、最初の週に行くのも来てもらうのも一気に片付けた感がありますが、主人の知り合いや同じマンションのご近所さんなどちょっと気を遣う人は大変でしたね。早くおいでというわけにも行かず、「来ますから」という電話があったにもかかわらず、たぶん出がけに来客があったのでしょう、夜中近くまで食事の音がしていて、うちは待ちぼうけだったこともありました。ノウルーズのおもてなしのお菓子は日持ちのするものを選ぶのですが、やはり果物などは精々1週間で、あとは新しいものを買わなくてはなりません。最初の週に余った果物をそのまま腐らせてはもったいないと家族で一生懸命消費したものの、2週目にもお客様が来るというのでまた、新たに買い足して、それも腐る前にまた一生懸命消費、ということが続くとしばらくは果物は、けっこうです、という感じになりますね。それに2週目のお客様で来ますというのでじゃあふつうのお菓子では飽きただろうとデニッシュを買って待っていたら、来ず、その次にも来ると言うので今度はケーキを買って待っていたらまた来られず、両方のお菓子は日持ちがしないので、やはり家族で一生懸命消費しました。ノウルーズ中は太る人が多いというのもうなずけますね。うちがいい例です。
(山口)ノウルーズ前にはラジオでの業務が立てこんでいまして、それを済ませた時には、これでしばらく仕事が楽になるかとホッとしていたのですが、一難去ってと申しますか、今度は来客の応対やお返しの訪問に追われまして、いやいやどうしてこれまた一仕事でしたね(笑)。まあ、それもひとまず落ち着いて、また新たにラジオの業務にこれまで以上に専念してまいりたいと思います。
●リスナーより
「昨年、イランの大使館で行われた講演会を聴講したときに、ラマザーン月にはチャリティーなどの慈善活動が盛んになることを知りました。そこで、地震などの災害時のイランでの慈善活動への取り組みなどを、番組で紹介していただければ幸いです」
●ラジオより
(山口)K・Oさん、いつもお便りを下さるとともに、日本でのイラン関連のイベントにも積極的に参加されているとのこと、有難うございます。昨年のケルマーンシャー州の地震では、本当に大きな被害が出ましたよね。確かテヘラン市内でも、街角のあちこちに被災者向けの支援金や品物を募集する、センターのようなものがいくつも設けられていたのを覚えていますが、いかがでしょう?
(中村)そうですね。目につきましたよね。災害時に限らず、新学期が始まる前には経済的に恵まれない学童に対して学用品の寄付を募るとか、使い終わった教科書を学校ごとにまとめて、田舎の方に送るとか、ほかにも小児がんにかかった子供のための募金もよく行われていますね。
(山口)日本でいう歳末助け合いに相当するキャンペーンは、イランでも盛んに行われていますよね。何しろイスラムは宗教上の兄弟、同胞という言葉を使うくらいですから、人様のために何かをするという精神は、イラン人の国民性にも自然に備わっているのではないかと思います。国境の壁が低くなり、「地球村」という概念が叫ばれている最近、そして今後は、ますますそうした考え方が必要になってくるのではないでしょうか。さらに、それがひいてはいつもニュースで取り上げている兵器廃絶、世界平和につながることを祈りたいものです。
●リスナーより
「本日は、イランにおける春の新年ノウルーズの特別番組が放送されました。番組の中で印象に残ったお話としては、春を迎え、木々や草花の変化と同じように、人間もよい変化をする努力をしなければならないということです。最近になって、私は4年ぶりにランニングを開始しました。最初は、体中が悲鳴をあげていましたが、現在は走行距離が長くなるにつれ、体力が徐々に回復し、心までも余裕と自信が蘇ったような気がします」
「新年明けましておめでとうございます。イランは春本番でしょうか。毎年、年が明け3ヶ月が過ぎようとしています。1年の4分の1が過ぎてしまいます。ノウルーズでリセットし、目標に向け、再スタートでしょうか」
●ラジオより
(山口)Y・Yさん、とても前向きなコメント有難うございます。そして、T・Oさん、お祝いのメッセージ有難うございます。日本のお正月とはめぐってくる季節こそ違うものの、イランのノウルーズもまさに生まれ変わり、新しく出直すきっかけになるものだと思います。日本の元日を迎えるたびに、「1年の計は元旦にあり」で、さあ、今年も心機一転がんばろう、という気持ちがわきますし、ノウルーズがめぐってきても、やはり同じような思いが感じられると思いますが、いかがでしょうか?
(中村)そうですね、いつもそう思って今年こそは、といろいろ目標を立てるのですが、いつも立てるところで終わってしまいます。
(山口)日本のお正月でスタートしたものの、中だるみにはまりがちなところで、ちょうどいい具合にイランのノウルーズがめぐってきて緩んだ箍を締めなおす、いいチャンスかもしれませんね。日本ですと、ちょうど年度変わりで、学校では新学年が、そして企業や官公庁などでは新しい業務年度がスタートするわけですが、これもやはり春の芽生えや自然の再生と調和しているのかもしれません。いずれにせよ、常に自分に刺激を与えて、努力を怠らず、新しくよい方向に変化するという気概を、新年やノウルーズの哲学から学び取りたいと思います。
●北川アナウンサーによるイラン音楽のコーナー
●リスナーより
「イスラム教徒の間には、うつ病という病気はないのですか」
●ラジオより
(山口)M・Sさん、ご質問有難うございます。イスラム教徒のイラン人といえど、同じ人間ですし、周りにも仕事や人間関係、経済問題など、生活上の悩みを抱えている人を沢山見かけます。ペルシャ語にも精神科医という言葉がありますし、いくら学校で宗教教育を受けていても、いざ逆境に直面したときに、それを旨く活かすのはなかなか難しいのではないでしょうか?
(中村)学校での宗教教育はどちらかというと知識に片寄っていますので、それをもっていざというときに活用するのは難しいような気がしますね。それよりも家庭の中で親が常に逆境の対処の仕方を教えたり、手本を見せたりするほうがより効果的なのではないかと思います。
(山口)そうですね、口であれこれ言うよりも、やはり実践が大切かもしれませんね。親御さんの影響はとても大きいし、何よりも素晴らしいお手本ではないでしょうか。もはや、いわゆる先進国でもそれ以外の国でも、インターネットや携帯電話をはじめとする情報技術の影響で、ますます高度情報化が進むことは避けられないですよね。ですが、ネットやSNSなどで連絡がやり取りが簡単になったとはいえ、実質的な人間関係が密になっているかといえば、必ずしもそうとは言えないかもしれません。ついこの間も、まだ就学年齢にも達していないと思われる、3,4歳ぐらいの子供が、テレグラムで音声ファイルを簡単に送信したり、携帯電話にプログラムされているゲームで楽しそうに遊んでいるのを見てびっくりしました。学校にも行かないうちから、1人で携帯電話いじりに熱中している子供は決して珍しくありません。でも、こうした文明の利器が、人間関係の充実化にぜひ利用されることを願わずにはいられませんね。
(中村)そうですよね。イランでもあまり早くからスマートフォンやタブレットなどを子供に与えないように言われていますね。役所のキャンペーンでも去年でしたか、家族の団らん時にスマホを使わないようにというのがありましたから、スマホの害が認識されているのでしょうね。
(山口)やはり、これも世界的な流れでしょうか。どこの国も大体同じようなものですね。
●リスナーより
「イランでは、読書を奨励していることは、たびたび番組で聞きました。先日、日本の漫画もイランに入っていることを知りました。日本の文学作品でイランに入ってきているものをいくつか教えてください。選考基準は何でしょうか。漫画の場合と共通点はありますか?漫画というより、アニメーション作品ということなのでしょうか。教えてください」
●ラジオより
(山口)A・Nさん、ご質問有難うございます。イランで知られている日本の作家で聞いたことがあるのは、ノーベル文学賞を受賞された大江けんざぶろうさん、それから最近では村上春樹さんぐらいでしょうか。
(中村)ほかにもちょっと懐かしいものとして、江戸川乱歩や川端康成、最近のものとしては黒柳徹子の「窓際のトットちゃん」や川上弘美の「センセイの鞄」がありますね。残念ながらこれらのほとんどが、重訳と言って、日本語から直接翻訳されずほかのヨーロッパ言語からペルシア語に訳されたものが多いんですね。まだまだイラン人で日本の文学作品を自在に翻訳できる人材が少ないんだと思います。
(山口)アニメですと、先日もスプーンおばさんのペルシャ語の吹き替え版が放映されていまして、非常に懐かしくなりました。特に、日本のアニメは、イランで非常に人気がありますよね?
(中村)そうですね、先日の金曜広場でもお話ししましたが、ジブリの作品もかなり有名ですし、インターネット上ではいろんな日本のアニメを見ることができますから、私の知らないようなアニメもあって驚くことがあります。
(山口)インターネットでの情報収集が簡単になったことで、日本の文化の一部でもあるアニメがイランでも人気を博していることは、日本人としてとても喜ばしいことだと思います。ですが、今度は逆に、イランの文化やすばらしさがもっと日本人の間に伝わることを祈りたいものです。