May 12, 2018 20:17 Asia/Tokyo
  • 映画「しあわせの隠れ場所」
    映画「しあわせの隠れ場所」

この時間は、ハリウッド映画「しあわせの隠れ場所」についてお話ししましょう。

しあわせの隠れ場所のポスターと、この映画の主題になったマイケル・オアー選手

 

「しあわせの隠れ場所」は、ジョン・リー・ハンコック監督による2009年のハリウッド映画で、マイケル・ルイス氏のノンフィクション、「ブラインド・サイド、アメフトがもたらした奇跡」を映画化したものです。

 

映画はおよそ2時間で、NFLの著名なマイケル・オアー選手の実話に基づいています。

 

マイケル・オアー選手は、非常に大柄で、その恵まれた体格は、アメリカンフットボールでレフトタックルという重要なポストを務めるのに非常に適していました。その他に必要だったのは、練習と精神力のみでした。

 

マイケルは、貧しさとアメリカ社会の黒人に対する差別を理由に、恵まれない幼少期を過ごします。その後、白人の裕福な家族に見いだされ、マイケルはその能力を開花させ、アメリカンフットボールの有名な選手となります。そして入団一年目からレギュラーとして出場し、月間MVPに選ばれ、莫大な富を手にします。

 

「しあわせの隠れ場所」は、スポーツ、社会、家族といったテーマを織り交ぜた映画です。この映画は、社会的な考え方を反映しており、黒人は悪い人々ではなく、支援と訓練が必要だということを示しています。黒人は状況が整えば、素晴らしい能力を発揮するということを訴えています。

 

テューイ家の人々がマイケルを受け入れ、マイケルもまたテューイ家の人々を助ける、その姿は、アメリカの人種差別社会における、黒人と白人の平和的な共存のモデルを提示しています。マイケルを一家に迎え入れることにしたリー・アンという女性を演じたサンドラブロックは、この映画で2010年のアカデミー賞で主演女優賞を受賞しました。

 

実際のマイケル・オアー選手とテューイ一家

 

映画のマイケル・オアー選手とテューイ一家

 

ここからは、映画、しあわせの隠れ場所について詳しく見ていきましょう。

 

マイケルは恥ずかしがりやの黒人少年で、アメリカ・テネシー州メンフィスの貧しい家庭に生まれました。彼は13人兄弟の一人で、父親の顔を知らず、母親は薬物中毒でまともに学校に通ったことはありませんでした。

ある日、マイケルは、偶然、裕福な家庭のSJという少年に出会います。後に、マイケルはこのSJの一家に家族として受け入れられ、少しずつ、マイケルとテューイ一家の間にきずなが生まれていきます。

リーアンと夫は、さまざまな場面でマイケルを助けます。こうして少しずつ、周りの人たちもこの大きな体をした黒人の若者を受け入れるようになり、マイケルは新しい家族の一員となっていきます。それまで、マイケルは周りの人から、怠け者で頭の悪い太った若者と見なされていましたが、テューイ家の人々の支援によって、アメリカンフットボールの黒人選手として活躍し、奨学金を得てミシシッピ大学に進学することができました。

 

この映画は、アメリカ社会で黒人が進歩しないのは、彼らの能力が劣っているせいではなく、教育やスポーツなどの分野で彼らが能力を発揮する条件に恵まれていないためだということを示しています。黒人の貧しさや不適切な経済状況は、アメリカ社会の黒人に対する差別に起因しており、それが、彼らの能力の開花を妨げています。黒人に十分な機会が与えられれば、彼らはしあわせの隠れ場所のマイケルのように、能力を開花させることができるのです。

 

しあわせの隠れ場所の47分から始まるシーンを見てみましょう。このシーンでは、リーアンが、3人の友人と一緒にレストランに座っています。

リーアンは、クリスマスカードを送るために、マイケルの名前を家族の名前の横に加えます。友人たちはそれを見て驚き、からかいます。リーアンは、マイケルはいい子だと言います。リーアンの前に座っている友人が、それなら法的に彼を自分の子供として受け入れたらどうかと言います。この瞬間に、ミディアムカットから、リーアンの友人たちの笑っている顔がクローズアップされます。リーアンは、マイケルが数か月後に18歳になることを話し、彼を法的に養子として受け入れる用意ができていないことを告白します。そのとき、ミディアムカットから、再び、リーアンの友人たちの驚く表情がクローズアップされます。リーアンの左側に座っている友人が、白人であることに責任を感じているのかと聞きます。リーアンは、自分の選択をみんなに認めてもらう必要はないが、彼に敬意を払ってほしいと言います。そして、いつもそのような皮肉を聞かなければならないのならば、そのような人たちとは、これ以上、付き合わないと宣言します。リーアンが、マイケルを馬鹿にしないでほしいと言った後、リーアンの3人の友人たちは、彼女の機嫌を直そうとします。左側に座っている友人は、変な意味はなかったと弁解します。また、正面に座っている友人は、あなたがしていることは本当に素晴らしいことだと言います。左側の友人が再び、あなたはマイケルの人生を変えていると言います。しかし、リーアンは、マイケルが自分の人生を変えていると反論します。そこで正面に座った友人は、彼はあなたにとっては素晴らしい存在かもしれないが、リーアンの娘のコリンズにとってはどうなのかと尋ねます。リーアンは、それはどういう意味かと尋ねます。正面の友人は、リーアンに、マイケルは成人の黒人であり、同じ屋根の下で娘のコリンズと暮らすことに不安は感じないのかと言います。リーアンは、そんなことを考えるなんて、恥ずかしくはないのか、と言い、レストランを後にします。この後、映画の中で、リーアンが友人と一緒にいる場面は出てきません。

 

テューイ一家のマイケルへの援助

 

この映画では、リーアンが友人たちとレストランに座り、マイケルについて話すシーンで、リーアンと友人たちの姿がミディアムカットかクローズアップで映し出されています。これは、裕福な階級の人たちの特徴を、表情や化粧、服装によって示そうとするためです。

 

クローズアップでは、彼女たちの華やかな服装や化粧の、その発言との矛盾が映し出されます。リーアンの友人たちは、マイケルについて話すとき、高飛車な態度を取っています。彼女たちは、黒人のマイケルを自分たちと同類の人間とは見なしておらず、その発言や行動の中で、自分たちの方が優位であると感じていることがよく分かります。

 

 

リーアンの友人たちは、マイケルの貧しさや学のなさが、彼が黒人であるためではなく、アメリカ社会の不平等な構造によるものであるとは考えていません。その結果、彼を退けようとします。リーアンの友人たちは、マイケルをリーアンにとっては敵であるように考えさせようとしますが、リーアンは、白人と黒人の境界をなくそうと努めます。

 

リーアンは、友人たちの差別的な考え方に対し、マイケルは自分の人生を変えようとしているとさえ言い放ちます。このシーンは、人間を肌の色で判断すべきではなく、その人の人間性を見るべきだという考え方が、アメリカ社会の一部に生まれていることを示しています。言い換えれば、アメリカ社会では、人間を肌の色や人種によって捉える考え方について、黒人を第一級の人間と同じように考える人々と、第二級の市民として捉える人々の2種類が存在しています。

 

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