6月 24, 2018 20:30 Asia/Tokyo
  • ラクダ
    ラクダ

昔々のこと、イランの詩人サアディは、いつも町から町へと旅を続けていました。

昔々のこと、イランの詩人サアディは、いつも町から町へと旅を続けていました。

あるとき、サアディが歩いて旅をしていたときのこと、道の上にラクダの足跡を見つけました。どうやら、彼よりも先にラクダがそこを通っていったようです。サアディがその道を先に進むと、やがて道の傍らにシロツメクサの広がる野原が現れました。その野原は、左側の一帯がきれいに食べつくされ、右側は全く手がつけられていませんでした。そこでサアディは考えました。

「野原の左側だけを食べたということは、ここを通ったラクダは、右目が見えなかったに違いない」

 

サアディがさらに歩みを進めると、ラクダの足跡の周りに液体か何かがこぼれたような跡を見つけました。そこに何匹ものハエがたかっています。サアディはかがみこんで、そのシミを調べてみました。こぼれたものは、どうやら果汁か何かの液体のようでした。サアディは微笑を口元にたたえて言いました。

「おやおや、ラクダは液体の入った入れ物を載せていて、それに穴でも開いていたんだろう」

 

サアディがさらに足跡を追って進んでいくと、今度はラクダの足跡の横に、もう少し深い穴があって、その横にさらに女性の靴の跡があるのを見つけました。サアディは考えました。

「この跡から分かるのは、ラクダがここで地面に座ったということだ。ラクダには女が乗っていた。そしてここで、ラクダの背から降りたのだ」

 

サアディはなおもラクダの足跡を辿っていきました。ラクダの足跡はまだまだ続いています。そこで考えました。

「ラクダに乗った女は、しばらく休んで、それからまたラクダの背に乗って進んでいったのだろう。もう少し急いだら、ラクダに追いつけるかもしれない。そうしたら、この予想が当たっているかどうか確かめることができるのだが」。

 

こうしてサアディは先へ先へと進みました。やがて、一人の男に出会いました。その男は、おろおろと当てもなくさまよっていました。サアディは男に尋ねました。

「どうしたんですか?そんなにおろおろとして、何かあったんですか?」 

男は答えました。

「ラクダが逃げてしまったのです。あなた、ラクダがここを通るのを見かけませんでしたか?」 

そこでサアディは逆にこう尋ねました。

「そのラクダは右目が見えないのではありませんか?」 

男は答えました。

「ええ、右目が見えませんでした」。

サアディはさらに尋ねました。

「そのラクダは、液体の入った入れ物を載せていましたか?」 

男は答えました。

「ええ、載せていました」。

そこでサアディは答えました。

「私はあなたのラクダを見かけていません」

 

それを聞いた男は言いました。

「見かけていないですって? もし私のラクダを見かけていないというのなら、なぜラクダの特徴を知っているのだ? おまえがラクダを盗んで、どこかに隠しているに違いない!」 

 

サアディは慌てて言いました。

「なんてことを言うんだ? ネズミではあるまいし、あなたのラクダをどうやって、こんな砂漠に隠せるというのだ? 私はラクダの足跡やら、残していった痕跡をたどってここにたどり着いた。私がラクダの特徴を知っているのはそういう訳なのだ」

 

しかし、サアディの答を聞いた男は、持っていた木の棒でサアディに殴りかかりました。サアディは殴られながら、自分の無罪を訴え続けました。そこへ、男のラクダが遠くに姿を現しました。男は殴るのをやめると、謝りもせずにラクダの方へと駆け出しました。

 

サアディは、なまじ自分の賢さがあだになって、問題に巻き込まれてしまったことを後悔していました。

「ラクダを見たか?」と問われたら、余計なことを言わずに「いや知らない、ラクダなど見なかった」とつっぱねてしまえばよかったのだと思いました。

 

このときから、自分が知っていることの全てを口に出して言わないほうがよい、ということを例えるとき、こんな風に言われるようになりました。

 

「ラクダを見たか?見なかった」