3月 20, 2022 22:44 Asia/Tokyo

3月21日の新年ノウルーズの祝祭を前に、今回は、イラン人の最大、最古の祝祭について、またその慣習についてお話しすることにいたしましょう。

イラン暦の最終月で、冬の終わりのエスファンド月は、イラン北西部の西アーザルバイジャーン州では、「祝祭の月」として知られています。というのも、この月は自然の再生の兆候を伴い、気温も次第に上がり、自然が変化を見せ、新たな春の到来を告げる月だからです。この地域では、年の終わりに、新婚カップルや一家の娘たちや子どもたちのために、鏡や水差しといったものと一緒に贈り物を用意するのが慣習となっています。

今も西アーザルバイジャーン州の一部の地域では、1年の最後の水曜日に、活力を得るために泉に行き、水差しに水を汲んで帰り、朝食の席に着く、という慣習が残っています。

ノウルーズの風俗習慣

 

新年のための準備の一つに、小麦やレンズ豆、緑豆などの新芽を育てる、というものがあります。これはノウルーズの期間中に家に飾るものです。この新芽は水栽培によるものです。新芽の存在は、春や自然の開花の象徴であると共に、新鮮さと穏かさを家庭環境にもたらしてくれます。

毎年、冬の終わりになると、イランでは植樹の祝祭が行われます。これに際して、昔からの伝統に基づき、人々は集まり、苗木を植えて、春を歓迎します。町や通りのあちこちでこうした人々の集まりの美しい光景が見られます。市のセンターは無料で市民に苗木を配布します。イランの人々はこうした好ましい伝統により、実際イスラム教で勧められている事柄の一つを実行しています。イスラムでは自然環境の保護は特別な地位を有しています。このため、新年のしばらく前から、町や家のあちこちで、新しく植えられた苗木や花の苗を目にすることができます。色とりどりの美しい花に飾られた庭園や公園などは、町や村に新しい光景を生じさせます。春のそよ風もまた穏かな動きにより、心安らぐ花の香りをあちこちに拡散させ、人々はこの春の宴の中で、互いに喜びや愛情を贈り合います。

この他、イラン人の間で新年の開始前に行われる慣習の一つに、恵まれない人々への支援があります。このため毎年、新年を前に、イラン中で恵まれない人への支援の動きが見られ、彼らを慰めると共に、金銭的な支援を行い、彼らの心を明るくして、心穏かな祝祭がもたらされるようにします。つまり、自らの喜びを分け与えるのです。

ノウルーズの風俗習慣

 

イランの人々は、とくに人々が祝祭の席に集まる日に、他者の問題の解決を行うことを神が好む非常に価値ある行為であると考え、イスラム教徒はできる範囲でそれを行おうとします。このため、イランの人々は毎年、新年を前に慈善行為の祝祭に参加します。

イランの一部の地域では今も、ノウルーズの過去の慣習が変化を伴って行われており、独自の特徴を持っています。これらの慣習の最も美しいものの一つに、ノウルーズの訪れを各地で知らせる喜びの使者の存在があります。例えばイラン北部のギーラーンやマーザンダラーンでは、このような義務を負う人たちがいます。彼らはノウルーズのおよそ15日前から、人々の家を訪問し、ノウルーズの詩を読み、心に染み入るような声で春の訪れを伝え、家の主人から砂糖菓子や硬貨、あるいはいくらかのお米をもらいます。

歴史的に見ても、ノウルーズの使者の慣習は、イランで古くから広まっており、依然として民族的、文化的アイデンティティを維持しています。イランにイスラムが到来したことで、この儀式は宗教的な色を帯びていきました。ノウルーズの使者はシンプルで流れるようなメロディーにより、初めに神を賞賛し、預言者とその一門を賛美します。そして春とノウルーズンついて説明することで、喜びのメッセージをもたらし、努力を伴う実りある良い年の訪れを伝えるのです。

イランの一部の地域での春の歓迎は、音楽や歌を伴う象徴的な演劇を伴い、今日ではそのシンプルな形のものを目にすることができます。イラン北西部のアルダビール周辺の村の人々は、ノウルーズの訪れを伝える使者を町に送ります。人々はお菓子で、その使者をもてなし、歓迎します。イランの山岳地帯にある一部の町では、ノウルーズの使者が砂漠の緑の植物と共に春のメッセージを運んできます。そして人々も、彼らに贈り物を贈ります。

 

 

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