ラマザーンへのいざない(15) イマームアリーの遺言
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イマーム・アリーの殉教によせて
カアバ神殿で生まれたシーア派初代イマーム、アリーは、モスクで礼拝を行っている時に、最も愚かな人物によって剣で刺されて殉教しました。
イスラム暦40年ラマザーン月19日の夜、イマームアリーは、娘のウンマ・クルスームの家に招かれていました。家の扉に向かうとき、彼が腰に巻いていたショールがほどけてしまいました。イマームアリーはショールを腰に固く巻きなおし、自分にこう言いました。「死のためにショールをしっかり巻いておくのだ」

クーファのモスクで、朝の礼拝をしていた際に、イブン・ムルジャムの剣がイマームアリーの額に突き刺さった時、イマームアリーは大きな叫び声を上げました。その声は今も、歴史の中に響き渡っています。「カアバ神殿の神に誓って、私は救われた」
その後、イマームアリーの血が説教壇に流れ、イマームアリーは、コーラン第20章ターハー章ターハー、第55節を朗誦しました。
「我々はあなた方をこの土から創造し、その土に帰す。そして再び、[最後の審判の日に]その土から蘇らせる」
その時、イマームアリーは、自分を殺害しようとした人物が人々に取り囲まれ、殴られていることに気づいてこう叫びました。
「彼に手を出してはならない。彼にやられたのは私である。彼を解放しなさい」
イマームアリーは、そのような血だらけの状態にありながら、自分のことは後回しにし、家に連れて帰られたとき、遺言を残しました。その遺言は、歴史の中で永遠に、よい人生を送るための教訓となっています。
「イマームアリー」というテレビドラマの中でイマームアリーが剣を突き刺される瞬間
イマームアリーの求めにより、ハーシェム家のすべての人々が彼のそばに集められました。部屋に入ってきた人は皆、イマームアリーの姿を見て、思わず涙を流しました。しかし、イマームアリーはそんな人々を慰め、こう言いました。
「落ち着きなさい。悲しんではならない。私が何を考え、何を見ているかを知れば、きっと悲しむことはないだろう。私がただ望んでいるのは、できるだけ早く、私の主人である預言者ムハンマドのもとに行くことである。早く私の優しい妻、ザハラーのもとに行きたいとも望んでいる」
イマームアリーは、頭から血を流し、傷のせいで熱のある体で、息子のハサンを呼び、言いました。「ハサンよ、こちらに来なさい」 後にシーア派2代目イマームとなるハサンは父に近づき、そばに座りました。イマームアリーは、金庫を持ってくるように指示しました。そして、皆の前で金庫の扉が開かれました。
イマームアリーは、そこにあるものを一つずつ、息子のハサンに渡し、その場にいたすべての人に証人となることを求めて言いました。「あなた方皆に、証人になってほしい。私の後のイマームは、預言者ムハンマドの孫であるハサンである」
イマームアリーは、その後一息ついてから、再びイマームハサンにこう言いました。
「息子よ、あなたは私の後にイスラム教徒の指導者となる。もし私を殺した人物を許したいのなら、それはあなたが責任を取ることである。もし彼にその行いの報いを与えようと決めたのなら、彼が私を刺したのは1度だけなので1度だけ、彼を刺しなさい。この報復の中で、神の境界を超えないよう、注意しなさい。紙とペンを持ってきて、皆がいるまで、私がいることをそこにしたためなさい」
イマームハサンは、父の指示に従って紙とペンを用意し、父親の遺言を書き留めようとしました。イマームアリーはこう言いました。
「慈悲深く、慈愛あまねき神の御名において。この記述は、イマームアリーの遺言である。最初の遺言として、唯一の神以外に神は存在しないことを誓う。神は唯一である。また、ムハンマドは神の使徒であり、神の僕であることを誓う。神は、人々を導き、他の宗教よりも優れた宗教とするためにムハンマドを遣わした。たとえ不信心者たちがそれを嫌悪したとしても」
イマームアリーはそれからこう言いました。
「まことに、私の生と死、礼拝は神からのものであり、神のためのものである。神と同等のものは存在せず、私は神に服従する」
イマームアリーは、神が唯一であることと、ムハンマドが預言者であることを証言した後、預言者一門のすべての人々に、敬虔であること、秩序を守ること、互いに和解し、和平を保つことを求め、次のように語りました。
「私は預言者が、人々の間の和平は、数年に及ぶ礼拝と断食よりもよいことであると言っているのを聞いた」
その後、イマームアリーは、社会的な規則や秩序を守ることは、すべての高潔な人間にとって不可欠なことであるとしました。なぜなら、発展した社会の成功の第一の条件は、社会的な規則を守ることと秩序を保つことであるからです。
イマームアリーはまた、互いにやさしくし、和平を保つことを強調し、それはイスラム教徒の社会に不可欠なことだとしました。なぜなら、イマームアリーは、コーランと預言者の伝統は、互いに対立を抱えたすべてのイスラム教徒を守ってくれる要素であり、すべての部族やグループを互いに集めるものだと考えていたからです。そのため、イマームアリーは死の間際に、統一の維持を強調し、イスラム教徒の社会における様々なグループの協調や和解に向けて努力することは、礼拝や断食よりも優れたことだと訴えたのでした。
人間の人生の中には、多くの不足が存在します。それらは、愛情や友好によってのみ、補うことができます。中でも、最もそれを必要とするのは孤児たちです。孤児たちは、父親、あるいは母親を失ったことで、愛情の源を奪われ、何よりも、それを必要としています。このことは非常に重要であり、至高なる神は、保護者のいない子供たちに親切にすることを、両親への孝行や親せきへの善行以上に勧めており、コーラン第4章アンニサーア章婦人、第36節で次のように語っています。
「両親と親せき、孤児たちや恵まれない人々に善を行いなさい」
イマームアリーは孤児たちに非常に親切にしていたため、孤児たちの父と呼ばれていました。イマームアリーは、遺言の中で、孤児への配慮を強く勧告し、次のように語っています。「神よ、孤児たちが時には腹を満たし、時には空腹に苦しむことがないようにしてください」
イマームアリーは、イスラム教徒の指導者として、死の間際の遺言の中で、コーランへの注目と、この永遠の書の指示を実践することを強く勧め、宗教の根本的な柱である礼拝を行うようにとし、神の家であるカアバ神殿を訪れること、メッカ巡礼を行うことへの注目を促しました。
イマームアリーは、最後の言葉の前に、財産と命をかけた神の道における戦いを求め、敬虔な人々に、勧善懲悪と互いの結びつき、友好や団結を呼びかけました。
イマームアリーは、これらの遺言の後、その場にいたすべての人を見つめ、こう言いました。
「あなた方に神のご加護がありますように。今、私はあなた方に別れを告げる。あなた方のことを偉大なる神に委ねる。あなた方への神の平安と慈悲を求める」
イマームアリーの額から汗が流れました。そして、彼は目を閉じ、殉教しました。
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