2025年末から2026年1月: 抗議、準クーデター、それともクーデター?
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イラン最高指導者ハーメネイー師、北西部・東アーザルバーイジャーン州の市民らとの会合で
イランイスラム革命最高指導者のアリー・ハーメネイー師が今月1日と18日の2度の演説において、段階的な説明によりイランで去る1月に起きた出来事をクーデターと評しました。
ハーメネイー師は今月1日と18日の2度の演説において、先月の出来事をまずは「扇動」や「クーデターのような」といった言葉で表現し、その後「クーデター」だとしています。この表現レベルの変化は分析の原則の変化を意味するものではなく、この大規模な扇動の規模が徐々に明らかになり、体制構造の崩壊を狙った組織的な計画の枠組みの中で、この出来事の本質が明らかになってきたことを意味します。ハーメネイー師の一連の発言に基づいて、この分析は複数の論理的軸で説明が可能です;
1. 政府中枢への攻撃:クーデターの古い特徴
クーデターの最も重要な特徴の一つは、権力と主権の要衝への直接的な攻撃です。ハーメネイー師は今月1日の演説で、この点について「破壊の標的となったのは、国家行政において重要かつ影響力のある中枢であった。つまり警察、イスラム革命防衛隊の中枢、政府機関、銀行が攻撃された」と語りました。また、これらの攻撃が物質的なものにとどまらず、「モスクやコーランも攻撃された。これは精神的な観点からのものでもある」と付け加えています。
こうした描写は、先だっての騒乱の目的が単なる抗議や不満の表明ではなく、国の統治の支柱を弱体化させることに重点が置かれていたことを示唆しています。この目的は2番目の演説でより明確に説明されており、ハーメネイー師は「目的は体制の基盤の弱体化、不安定化を狙ったもので、神経に当たる重要な中枢を掌握し、IRIBイラン国営放送を掌握することだった」としています。政治分析の観点から見ると、このレベルの標的設定はクーデターのモデルと整合しています。その理由は、クーデターとは本質的に、統治構造の変革または弱体化を目的に、主要な権力中枢を掌握しようとする試みであることによります。
2. 外部からの計画・指示:クーデターの性質を決定づける要素
ハーメネイー師は両日の演説において、今回の一連の事件が単なる国内の突発的な運動ではなく、外部からの計画に基づいていたことを強調しました。また今月1日には「この反乱の計画と企ては国外で行われたものであり、内部とは関係がなかった。(中略)計画は外部から立案され、管理され、指示されていた」と強調しています。
18日水曜の演説では、この問題についてより詳細な説明がなされました。この時ハーメネイー師は「アメリカおよび、パレスチナを占領している政権、つまりシオニストが牛耳るイカサマ政権イスラエルの諜報機関と情報機関は、他のいくつかの国の諜報機関(その一部は我々も知っている)の協力を得て、長年にわたり我が国で捜索を行い、多くの悪漢や悪意ある者を発見した。彼らはこうした輩を集めて資金や武器を与え、破壊工作の訓練、軍事拠点や政府拠点への侵入訓練を施してイランへ送り込み、隙あらばいつでも活動を開始できるよう機会を伺っていた」と語っています。
この説明は、クーデター作戦に不可欠な要素としての勢力の特定、訓練、装備、そして指揮を含む組織的なプロセスを示唆しています。クーデターは通常、突発的な反応ではなく、事前の計画と支援の結果となっています。
3. 組織的暴力による情勢不安の扇動
クーデターのもう一つの重要な特徴は、治安上の危機を生み出す目的で暴力が利用されることです。ハーメネイー師は今月1日の演説でこの問題に言及し、「訓練を受けたこれらの統率者らは、死を生み出す、死者を発生させる任務を負っていた」と述べました。
さらに、この行動の目的が犠牲者を増やし、危機をエスカレートさせて国家の安定を脅かすことだとし、その主な目的が「国家の安全を脅かす」ことにあると強調しました。その理由として「安全がなければ何もない」ことを挙げています。2つ目の演説では、暴力行為は戦略の一部であるとも述べられており、「彼らの政策は、テロ組織ISISのように暴力的に、そして無謀に動くことだった」としています。この比較は、暴力行為が偶発的な結果ではなく、治安の崩壊を引き起こす戦略の一部であることを裏付けています。
4. 国内の工作員を実行手段として駆使
現代のクーデターでよく見られる手法は、海外で立案された計画の実行に国内の工作員を利用することです。ハーメネイー師はこの文脈にそって「主要な工作員ら「若者でも誰彼構わず世間知らずの民衆を操り、彼らを怒らせ、困難な舞台に踏み込ませようとした。そして、この機会が彼らに訪れた。彼らは約1ヶ月半前にこの舞台に足を踏み入れ、世間知らずで経験の浅い若者たちを前に押し出した」と説明しました。また、参加者の中には「騙されやすく、世間知らずで、経験不足」な者もいたと強調しています。これは、ハーメネイー師の分析において、社会集団は本来の設計者とは異なり、設計者はこれらの個人を道具として利用していたことを示唆しています。
5. 「クーデターのような」という表現から「クーデター」へ
ハーメネイー師は今月1日の演説において、「クーデターのような」という表現をより分析的な論調で用い、一部の人々がこの出来事をクーデターと呼ぶ理由について説明しました。しかし、18日水曜の演説では、様々な側面を要約し、「実際に起こったのは失敗した『クーデター』だった」との分析を示しています。
この発言は、ハーメネイー師の視点から見れば、この事件の一連の特徴――外部からの計画、政府中枢を狙っていること、組織的暴力の行使、そして体制の不安定化への試み――はすべてクーデターの定義に当てはまることを示しています。そのため、ハーメネイー師は「このクーデターはイラン国民の足元で粉砕された」と断言しました。この発言は、これらの事件のクーデター的な性質を強調すると共に、体制と社会の反応を前にして失敗したことも強調しています。
したがって、本分析の観点から見ると、去る1月の出来事を「クーデター」という用語で表現することは、ハーメネイー師の発言において段階的に説明されている一連の安全保障、政治、そして組織的指標に基づくものと言えるでしょう。

