4月 16, 2017 14:52 Asia/Tokyo

今週の金曜広場もお聞きください。

福本: 

イラン暦のお正月・ノウルーズが明けてから3週間弱、テヘラン名物の渋滞も戻ってきて、巷はようやく平常モードになりつつあるようですね。

鈴木: 

そうですね、なりつつあるとは思いますが、私の通うスポーツクラブなどでは出足はまだ半分といったところです。テヘラン名物の渋滞は戻ってきてしまいましたがそれに伴う名物の空気汚染の方は、めずらしく恵みの雨の日が多く空気もきれいになってうれしく思います。イランの人は、正月・ファルヴァルディーン月の23日以降、一カ月以内に降る春の雨は“ヒーリング・ウォーター(癒しの雨)”と言って家族同士で集めあって飲むのだと聞きます。これは故シーア派聖職者・ゴミGHOMIの“マファティヒ”と呼ばれる、祈祷書に記されています。

福本: 

それは初めて聞きました。でもテヘランの雨を飲むのはちょっと勇気が要りそうですね。

                       

●リスナーより

3月は、日本は年度最後の月で、あれもこれも新しい物へと切り替わります。国内のラジオやテレビも新しい番組へ変わったり、担当キャスターが変わったりします。イランも新年を迎えますが、ラジオやテレビの新番組が始まったり、キャスターが変わったりしますか? 

 

●ラジオより

福本:

私はちょうど、先月の半ばから今月の上旬まで日本に里帰りしておりまして、久しぶりにテレビで日本のドラマが見られるかしら、と思っていたのですが、そういえば年度の切り替わる時期って、この種のドラマは何もやっていないんですよね。残念でした。でも、NHKの定時のニュースでキャスターが変更になったり、朝の連続テレビ小説が新しく始まったり、というのはちらりと見て参りましたけれど・・・。ではイランのテレビやラジオの場合はいかがでしょうか?

鈴木:

そうですね、イランでも正月の休み中には2週間の連続テレビ小説が放送されますね。この連続テレビ小説はラマザーン・断食月の1ヶ月やイマーム・ホサインの殉教月であるモハッラム月の10日間などに放送されイラン人には大変人気のあるものと同様、毎日放送されるものです。その他にまた、テレビのニュース・ルームが模様替えされたりしますね。ちょっと話はそれますが私は正月の旅行中、久しぶりにテレビを何日か続けて見ることが出来ました。 以前にフーシュファルスタッフが大変面白いとラジオ日誌で話していた今イランで最も人気のある“ハンデヴァーネ”と言うスタンバイコメディーです。ハンデは「笑い」そしてスイカを意味するヘンデヴァーネの造成語です。このバラエティ-ショーはなんとも面白く、放送3年目に入っています。

                 

●リスナーより

イランでは祝祭「ノウルーズ」を迎え、新年の食卓では日本と同様、さまざまな料理や食材に願いを込めるようですね。この間を利用して、旅行をする場合、イラン国内の一般的な観光地の賑わい、日本でいう「初詣」のような風習はありますか?

 

●ラジオより

福本:

那須単身さん、受信報告をありがとうございます。この春から、ご実家の愛知県春日井市にお住まいを移されたとお伺いしています。そろそろ新しい生活のペースがつかめてきた頃でしょうか。さて鈴木さん、今年のノウルーズ・お正月休みにはどこかへお出かけになりましたか?

鈴木:

はい、お正月に入って2週目の4日間テヘランの北、カスピ海沿岸地方ギーラーン州にある片田舎、“スィガールード” というところへ行ってきました。 土地の言葉でスィガーは“カモ”(あるいはAIR DUCK)、ルードは川を意味しますので「かもがわ」ですね。すでに北方に帰ってしまったのでしょうか、カモは1羽も見ませんでしたが。前の金曜広場で少しお話しましたが、この地はイランで一番(プラーナ気)、天地の気がみなぎっている所だと聞いていました。川岸で釣りの網を投げている人、うずら豆をまいている人以外は、天も地も何とものどかで時間を忘れるくらいです。野原は “ヘイロネサー”と言われる鮮やかな黄色の花であふれていました。ヘイロネサーと言うのはイスラムの預言者ムハンマドの娘、ファーティマのタイトル・呼び名の一つで「最も優しい/至福な女性」という意味だそうです。

福本:

自然の中で春を満喫していらしたんですね。では、那須単身さんがお尋ねの「日本でいう初詣」のような風習についてはいかがでしょうか?

鈴木: 

初詣ということでは無いかもしれませんが、イランの人は亡くなった家族を偲び年末の最後の木曜日に、そして新年最初の木曜日に墓参りをしますね。また日本と異なるのはその年亡くなった人がいる家族を新年には必ず訪問しますね。 また年が変わる瞬間を、(今年は3月20日の午後1時58分40秒だったわけですが)イマームザーデといわれる、イマームやイマームの子孫の廟で迎えるのが慣わしとしてありますね。ですからイラン北東部・マシュハドにあるシーア派8代目イマーム・レザーの聖廟などは普段のときより、いっそう多くの人でにぎわいます。我が家も3年前には旅行地にあるイマームザーデで新年を迎えました。その年は、年の移り変わる瞬間が夜の8時半でしたね。新年の祈祷と挨拶がかわされ、厳粛な新年を迎えた年だったと記憶しています。

                     

●リスナーより

金曜広場のインタビューで、大阪大学のイラン人先生が、日本で運転免許を取得したというのには脱帽です。なにしろ、我が国の運転免許制度は学科、技能とも、おそらく公正で世界最高の制度ではないでしょうか。かつて聞いた友人の話では、フィリピンではヘリコプターの免許証もお金次第で取得することができるのだそうです。アメリカやカナダでも、日本に比べるとかなりゆるい試験のようです。 

 

●ラジオより

福本: 

確かに日本での諸々の運転免許取得はなかなか厳しいように思いますが、鈴木さんは、ここテヘランで日常的に車を運転していらっしゃいますよね。こちらでの運転免許はどのようにしてお取りになったのですか?

鈴木:

私は若いときに東京で免許を取っていましたが、ほぼペーパードライバーでした。そして、1980年にイランに来てからその年の秋にイラン・イラク戦争が始まりました。イラン南部の都市アフワーズで免許を取ったのですが、まあ試験は奇跡的(!)にも合格しました。当時主人の仕事が3週間のシフトで、留守の日が半分でした。戦時中でもあり、留守のときに3人の子供を連れて家から逃れるにはどうしたものかとの思いで必死でした。アフワーズは地方都市でもあり、道路もほぼ平坦ですし渋滞もなく幸いでした。さて、現在のイランの免許取得状況ですが昔々の私のころと比べてはもちろんのことですが、この数年非常に厳しくなっていますね。 先ず、免許証の取得は教習場での40時間の教習が必須になっています。学科が16時間。そして実習が24時間です。昔は自分で練習して試験だけ受けることも出来ましたが、今はそれは出来ません。また実習は昔も今もかわらず一般の路上で行います。また次の規則が近いうちに発効されるそうです。まず、取得後3ヶ月までの運転は1年以上の免許を持っている付添い人が必要となります。また取得後1年までは夜の12時から朝5時まで、また都市から25キロメートル以上遠くへは運転できません。 また車の前と後にコーション・注意のサインの表示が必要となります。 更新までは10年です。因みに、イランでは年間の死者数の第1位が交通事故によるものであり、年間2万人以上の人が命を落としています。特に正月の旅行シーズンなどは交通警官も多数配備され、取り締まりもきびしく罰金も高額(最高のスピード違反は2百万リアル・約5000円)にしていますがなかなか減少しないのが現状だということです。

 

●リスナーより

幼少の頃、家の周りにいくらでも生えていた土筆(ツクシ)を食べた記憶があります。テレビで紹介されていた土筆料理に興味を示し、親にねだったのだと思います。手間暇かかるわりに美味しくなかったのでしょう。後にも先にもその1回だけでした。イランで春になると食べられる食材って何でしょう?日本にもあるけれど、日本では食べないようなものをご紹介下さい。 

 

●ラジオより

福本:

エムフォーさん、3通のお便りありがとうございます。また、エムフォーさんからは各地の観光地のパンフレットやフリーペーパーなども同封していただきました。いつもありがとうございます。さて、鈴木さん、日本にもあるけれど、日本では食べないようなものをご紹介下さい、と書いていらっしゃいますが、これは難しいですね。

鈴木:

そう、難しいですね。ちょっと頭に浮かんだのが“パルピン”と言うイランの南のほうでサラダとして食べる香草があります。テヘランの人は知らない人も多いかと思います。 調べてみると日本語ではスベリヒユと言う名前の雑草で利尿・解毒剤としても良いとあります。どうでしょう日本では食べますか?もう一つはセロリですが、日本では白いところしか食べませんがイランでは緑の葉の部分も全部食べますね。先日旅行で山の中にぜんまいをたくさん見ました。イランでは土筆もぜんまいも食べないみたいですね。

福本: そうなんですね、ちょっともったいないような気もしますね。

                       

日本では、そろそろゴールデンウィークの予定など立てていらっしゃる頃でしょうか。私たちも、短いテヘランの春を楽しみたいと思います。