うぬぼれ屋のネズミ
昔々のお話です。ある日、若いネズミが、広い野原を通り過ぎていました。
このネズミは、非常に尊大な性格の持ち主でした。いつも、自分は世界のどのネズミよりも強く賢いと考えていたのです。彼は周りが全く見えておらず、非常に利己的で傲慢でした。そんな若いネズミが、口笛を吹き、歌を歌いながら進んでいたとき、ふと、道の傍らで、杭に繫がれて草を食む一頭のラクダを見つけました。そのとき、利己的な若いネズミにこんな考えが浮かんだのです。
「そうだ、このラクダを盗んでやろう」
この思いつきに大いに満足したネズミは、杭につながれていたラクダの手綱を取って自分の方へと引き寄せました。するとラクダは抵抗もせずにおとなしく、ネズミに導かれるままについてくるではありませんか。その時ラクダは、野原の新鮮な草をおなか一杯に食べ、満足していたものですから、このちっぽけなネズミが何を考え、自分をどこへ連れて行こうとしているのかを見てみようと、ネズミについて行くことにしたのです。
ネズミはずんずんと進み、ラクダもゆっくりとついて行きます。かわいそうにネズミは、ラクダが彼をばかにしていることに全く気づいていませんでした。ネズミはすっかり、ラクダが自分に従順についてきているものと思い込んでいたのです。そして、心の中でしめしめと思いながら、こんなことを考えていました。
「今まで、僕のような小さなネズミが、大きな体をしたラクダを引き連れているのを見たことのある者などいるだろうか?僕はこんなにも強いんだ。僕は地上で最も強く賢いネズミだ」
ネズミとラクダがなおも歩みを続けていると、目の前にしぶきを上げて流れる川が立ちはだかりました。ネズミは足を止め、川の急な流れを見つめて、途方に暮れてしまいました。「さて、どうやって、こんなに流れの速い大きな川を、向こう岸まで渡ったらいいのだろう?」
ラクダはネズミが立ち止まったのを見て、心の中で笑い転げました。そしてネズミにたずねました。
「なぜ目を丸くして川を眺めているんだい?男らしく進んだらどうだ?何も恐れることはない。君は僕を導く役目なんだから」。
ネズミはラクダの言葉を聞いて恥ずかしくなりました。いったい何と答えたものでしょう。ネズミは、気を取り直して正直にこう答えました。
「この川は深そうだし、流れも随分と早い。溺れてしまうのが怖いんだ」。
ラクダは笑っていいました。
「こんな小さな川を渡るのが怖いだって?それなら僕が先に行って、水の深さを見てこよう」 ラクダはこう言うと、ジャブジャブと川の中へと入っていきました。ラクダが川の中に立つと、水はラクダの膝の辺りまでありました。ラクダはネズミに向かって言いました。
「ほら見てごらん、かわいいネズミさん?ぜんぜん怖がることなどないじゃないか。水は僕の膝辺りまでしかない。さあ、川を渡ろうよ。何も怖がることはない」
ネズミは驚いてラクダを見つめ、言い返しました。
「君は自分で何を言っているのか、分かっているのかい?水は君の膝まであるじゃないか。それが何を意味するか分かっているのか?」
ラクダはさも驚いたように答えました。
「いや、分からない。一体何を意味するんだい?」
ネズミは恥ずかしそうに言いました。
「つまり、ラクダの膝とネズミの膝の高さが、どれだけ違うか、ってことさ」
ラクダはネズミの言葉に小さく吹き出しました。ネズミはどうやったとしても、向こう岸に渡ることはできないのだと悟りました。この川を渡ることは、すなわち、溺れることを意味します。ネズミは、先ほどまでの自信たっぷりな態度はどこへやら、ラクダに自分を向こう岸まで連れて行ってくれませんか、と頼み始めたのです。ネズミが懇願するのを聞いたラクダは、ネズミが可哀相になり、自分のこぶの上に乗るよう言いました。そして、ラクダはネズミを背中に乗せて川を渡ると、川の向こう岸でネズミに説教を始めました。
そして彼にこう教えたのです。何の根拠もないのに、傲慢になってはならない、自分の分をわきまず、みさかいの無い行動を慎まなければならない、と。ネズミはあまりの恥ずかしさに、小さな体をさらに小さくして俯くしかありませんでした。