王様の秘密
昔々、一人の立派な王様がいました。
しかし、王様には大きな秘密があり、本人以外、誰もそのことを知りませんでした。王様はいつも、誰か信頼の置ける人に自分の秘密を打ち明けたい、そしてそうすることで、この苦しみを和らげたいと思っていたのです。しかし、親しい者に秘密を打ち明けたいと思うたびに、王様はその考えを振り払っていました。なぜなら、もし人々が彼の秘密を知ってしまったら、王としての名誉と威厳を失ってしまうに違いないと、そのことを心から恐れていたからです。
しかしとうとう、王様はその秘密を自分一人の胸の裡に収めておくことができなくなりました。そして王様は、信用が置けると見なした何人かを集め、こう言ったのです。
「あなた方は、私の特別な友人だ。私はあなた方全員を信頼している。これからあなた方に、とても重要な話を打ち明ける。しかし、この話は誰一人、他の人には話してはならない。この秘密をあなた方の家族はもちろん、私の家族にさえも言ってはならない。今から打ち明けることはあくまでも秘密なのであり、あなた方の心の中に、死ぬまで留めておくことを固く約束してほしい」
友人の一人がきっぱりと言いました。
「王よ、どうか私たちを信じてください。あなたがこれから言おうとしていることを、私たちは誰にも言わないとお約束します。我々はあなたのために命を捧げることも厭いません。あなたの秘密を守ることなど、実にたやすいことです」
そこで王様は言いました。
「実のところ、私は大きな秘密を抱えている。それを胸に秘めているがゆえにずっと苦しみに苛まれてきた。私はこの秘密をあなた方に打ち明けて、気持ちを楽にしたいのだ。だが、もしあなた方の一人でもこの秘密を誰かにもらしたら、私は、即座にその者を殺すだろう。いささかも容赦はしないだろう」
王様の友人たちは秘密を守ることを固く約束しました。こうして王様は、彼らに秘密を打ち明けたのです。王様は、彼らの一人一人を見て、言い渡しました。
「もう一度言っておく。約束したことを必ず守るように。約束を守らなかった者には、恐ろしい死が待っているぞ。私はこの秘密を一年の間、心に秘めて、それを誰にも言わなかったのだ」
王様が一年間、ひた隠しにしておいた秘密は、彼が友人たちに打ち明けた翌日には、国中に広まっていました。王様の秘密は今や誰もが知るところとなったのです。王様は、友人の誰かが自分を裏切って秘密を漏らしたことを知りました。あれほど固い約束を交わしたのに!
王様は怒りに震えてこうつぶやきました。
「誰かが約束を破ったな。しかも一日ももたなかった!それなら私も約束したことを実行してやろう。やつら全員を死刑にしてやる!」
そして王様は、友人たち全員を、ただちに処刑するよう命じたのでした。
友人たちは皆、泣いて、懇願しました。
「偉大な王よ!どうか私たちを許してください。それを許すことができるのは、偉大な人物だけです。私たちは過ちを犯し、首をはねられるべきでしょう。けれど、世界の偉大な王であるあなたは、過去の賢者たちと同じように振舞い、私たちの死刑を免除して下さるはずです。悪魔が誘惑したのです。もう二度と過ちを犯さないと今度こそ約束いたしますから」
怒りに震える王様は、彼らのその言葉をさえぎって、言いました。
「黙れ!そんな言葉は聞きたくない。お前たちは、あの時、私と交わした約束を実に見事に破ってくれた。約束を破った者は殺されると知っていたのに、それを破った。私はお前たちがする約束というものを二度と信じない。お前たちは王の秘密を白日にさらして、王の名誉を傷つけ、王の権威を無きものとした。約束を守らなかったら、恐ろしい死が待っているとあれほど警告したではないか。お前たちの死は、他の者への良い戒めとなるだろう」
そして、王様は死刑執行人の方を振り返って命令を下しました。
「では、この裏切り者たちの首をはねよ」
王様との約束を破った友人たちは、王の前に引き出され、今まさに死刑執行人の剣が振り下ろされようとしていました。
その時です。一同の中に経験豊かな一人の老人がいました。老人は王様に向かって、発言の許可を得るとこう切り出しました。
「王よ、なぜ私たちを殺そうとするのですか?あなたご自身がこの罪を作り出した方だというのに」
王様は老人の言葉に驚いて言いました。
「今なんと申した。私に罪があると?どうしてそのようなことが言えるのだ?あれほどの固い約束を破ったのはあなた方のほうではないか。」
老人は王をまっすぐに見つめて言いました。
「偉大な王よ、あなたの心こそがその秘密の源泉でした。あなたはこの源泉を封じなかった。あなたはご自分の心との間で結んだ契約を破り、秘密を外に出してしまった。泉は川となり、川は洪水となったのです。もはや、この洪水をどのようにして止めることができましょうか?」
老人の言葉に王様は動揺しました。
「しかし、私はあなた方を信頼したのだ。あなた方は私の信頼できる友人だった。私は、どのようにあなた方の裏切りを知るべきだったのだろう?」
老人は静かに答えました。
「財宝は、財宝の保管を専門とする人に預けるべきです。しかし秘密は、おのれの中だけに秘めているべきもの。言葉は、口に出さない限り人間が管理できるものです。しかし、いったん口にされてしまったら、もはや管理することはできないのです」
王様は、老人の話にすっかり考え込んでしまいました。そして、老人は真実を語っているのだと気づいたのです。王様自身、自分の秘密を守ることができないのであれば、まして、他の人に何が期待できるというのでしょう。王様は、友人たちの罪を許し、彼らに向かって言いました。
「この老人のいう事は正しい。すべては秘密をあなた方に打ち明けた私のせいであった。あなた方を許そう。しかしもはや、私の友人であることはかなわない。この賢い老人だけが私の友だ。なぜなら、彼は私を導いてくれたのだから」