ネズミが300キロの鉄を食べてしまった
昔々のこと。あるところに、一人の商人がいました。
彼は商売のために、様々な国を旅していました。さて、今回も外国へ出かけることになったのですが、その出発の日が間近にせまったある日のこと、ふと商人は考えました。
「今回の旅は長い。もし、家を長く開けている間に、万が一泥棒にでも入られるようなことがあったらたいへんだ。せっかく故郷に帰ってきても、一文無しになってしまってはたまらない」。
商人は、今回の旅が一体どのくらいの期間がかかるのか分かりませんでした。とにかく、財産を金貨で保管しておくのは得策ではないと考えました。そこで商人は財産を鉄に替えることにしたのです。そのようにして購入した鉄は300キロにもなりました。商人はそれを、昔からの友人のもとに預け、旅から帰るまで、友人に保管してもらうことにしたのです。
商人は自分の考えに大いに満足していました。
「なんて良い思いつきだろう。何よりも鉄が一番だ。鉄なら重いから、誰にも盗むことはできまい。しかも鉄なら燃えてしまうことも、腐ってしまうこともない。壊れる心配もなければ、古くなることもない」。
商人はこうして友人に300キロもの鉄を預けると、彼に別れを告げ、安心して旅へと出かけていきました。
商人の旅は一年かかりました。彼が一年振りに町に戻ってくると、なんと鉄の値段が随分と上がったというではありませんか。商人は自分の先見の明に大いに満足しました。そこでさっそく、友人の元に赴き、預けておいた鉄を返してもらって、それを売ることに決めたのです。
ところが、商人が信頼して鉄を預けた友人は、鉄が値上がりした一年の間に、よからぬ考えを起こしていました。彼は商人の鉄を、見つからないよう別の場所に隠してしまったのです。そんなこととは知らない商人は、一年振りに友人のもとを訪ね、友人に挨拶すると、こう言いました。
「随分と長い間お世話をかけたね。今日は、預けておいた鉄を返してもらおうと思って来たんだ」。
昔からの友人は、商人との一年振りの再会を喜び、旅の疲れをねぎらいながら、温かく家に迎え入れました。しかし、友人はそこで、言いにくそうにこのように切り出したのです。
「友よ、残念な知らせがある。実は・・・、私は君から預かった鉄を、大切に物置にしまっておいた。頑丈な鍵もかけておいた。だが、数ヵ月後に物置の戸を開けたら、鉄は跡形もなかった。ネズミがすっかり鉄を食べてしまっていたんだ。本当に申し訳ない。だが、私にはどうしようもないことだった。」
商人は、友人の話に驚きあきれ、彼が嘘をついているのをすぐに見抜きました。そこで、こう考えたのです。
「それならこちらも同じ手でお返ししてやろう」
話を聞き終わった商人は、不機嫌さを隠し、ショックで落ち込む振りをしながら、落ち着いた態度でこう答えました。
「そうか、そうだな。私もネズミが鉄を好きで、鉄を見れば食べてしまうという話を聞いたことがある。うっかりしていた。もちろん、君のせいではないよ」
裏切り者の友人は、商人のこの答に思わずにんまりし、こう考えました。
「この愚かな男は、ネズミの話を信じている。よし、彼を夕食に招待してみよう。もし彼が少しでも私の話に疑いを抱くようなら、それを晴らしてやることにしよう。」
そこで、友人は商人に話しかけました。
「どうだい、一年ぶりに再会したことだし、お詫びも込めて、久しぶりに私の招待を受けてくれないか。今夜、我が家で夕食を共にしようじゃないか」。
商人は答えました。
「それはありがとう。でも今夜は大切な用事があるんだ。明日の昼に伺うことにしよう」
商人が裏切り者の友人の家を出ると、友人の小さな子供が一人で遊びに夢中になっていました。商人は優しく子どもを抱きあげると、その子を自分の家へと連れて帰ってしまいました。そして妻に、明日の夜までこの子供の世話をするよう頼んだのです。
さて、翌日の昼、友人から食事に招待されていた商人は、何食わぬ顔で彼の家を訪ねたのでした。
子供が行方不明になって、心配でおろおろしている友人は、商人に向かって言いました。
「子供が昨日からいなくなったんだ。あちらこちらを探し回ったんだが、どこにも見つからない。たいへん申し訳ないが、このようなわけで、今日は君を招待することができなくなった」
これを聞いた商人は尋ねました。
「もしかしたら、君の子供は男の子じゃないか?縞模様のシャツに黒いチョッキを着ていなかったかい?そして、ズボンは白で靴は黒じゃなかったかい?」
友人は興奮して答えました。
「そう、その通りだ!それはまさに私の子どもだ!君はその子をいったいどこで見たんだ?」。
商人は真面目な顔でこう答えました。
「昨日、君の家から表に出たときだった。空を飛ぶ一羽のカラスを見たんだ。そのカラスが、今私が言ったとおりの男の子をくちばしにくわえていたんだよ」
商人の答に、友人はすっかり腹を立てて叫びました。
「こんな時に、君は私をからかっているのか?なんて馬鹿なありえない作り話をするんだ!大嘘付きめ!10キロもある男の子を、体重が1キロもないちっぽけなカラスがどうやってくちばしにくわえて運べるというんだ?」
商人は冷静に答えました。
「いやいや、私にとっては何も驚くことではありませんよ。ネズミが300キロもの鉄を食べるような町なら、カラスだって、10キロの体重がある男の子をくちばしにくわえて運ぶことができるはずでしょう。」
商人の答を聞いた友人は、自分のしたことの愚かさに目が覚めました。友人は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらこう言いました。
「もう勘弁してくれ。そうだ、ネズミが君の鉄を食べたんじゃない。だから息子を返してくれ。そうしたら君の鉄を返すから。」