神の啓示
今回は、神に近づき、精神の健康を増進するために大切な要素としての、神の啓示についてお話することにいたしましょう。
前回は、神に近づく事について説明し、このことが魂の健康の原則的な基準であることについてお話しました。人間の行動の傾向や物事の捉え方はいずれも、宗教的な側面を帯びた場合に、本当に自らを高めるための助けとなりえます。ですが、人間が本当の意味で完全の極致に至るためには、神の啓示に注目しなければなりません。
もっとも、何よりも大切な点として、人間が神の啓示を必要としている事は、礼拝や断食といった特定の宗教行為の一面や、最後の審判の日に関する事柄に限られません。信心深い人々は、自らの個人的、社会的な行動のすべてを啓示に照らして評価し、最終的な成長に至るために、自分の言動のあり方を、神に求める必要があります。
このため、イスラム教徒は魂の健康を確保する上で、神が啓示した教えを確実に必要としています。それは、不変の真理や叡智の一部は、神の啓示によってしか人類に与えられず、人間の知性や見識は、それだけでは物事の解決策とはならないからです。
人間は時として、何かを獲得するために莫大な時間を失い、気がついたときには既に遅く、活用できる時間やチャンスは一切残っていない、という場合に遭遇します。そうした中で、もはや取り返しのつかない甚大な害悪に巻き込まれてしまうケースは、後を絶ちません。
来世の特質といったテーマは、人間の幸不幸に密接に関するものであり、その人の運命の決定に大きく関係しているとともに、現世への執着から離れた後に体験できるものです。ですが、その時にはもはや、幸福を手にし、恒久的な苦しみや不幸から自分を救うチャンスは残されていません。
人間の幸福に影響する真理の一部は、理性に基づいた努力により得られるものの、それらを認識する事は、長期にわたる、困難で綿密な研究により、しかもごく一部の人々にしか達成できません。このため、神の啓示が持つ独自の重要な意義の1つは、こうした真理をたやすく、すべての人に理解させ、魂の健康の維持や永遠の幸せに導いてくれることにあります。
フランスの哲学者エチエンヌ・ジルソンは、神の啓示に関する中世イタリアの哲学者トーマス・アクィナスの理論について、次のように述べています。
「果たして、神は理性が理解しうる哲学的な真理を、啓示によって人々が理解する事を許すだろうか。それに対する答えは、この真理が人間を救うために必要な学問の範疇にあるならばイエスだということである。それ以外のものだったならば、こうした真理や救済はごく一部の人々のみに限られていたはずだ。それ以外の人々は、理性という本質がもともとなかったにせよ、はたまたこのテーマについて議論探求するチャンスや勇気がなかったにせよ、この恩恵を得られなかったことになる。さらに、この真理について学ぶ事のできた人も、そのために甚大な苦労を強いられ、人生のうちの長期間にわたって考えにふけり、危険の元凶となる可能性のあった、無知の中で暮らしていたと思われる」
神の啓示が持つ機能の1つとして、知性や見識を開花させ、それを逸脱や動揺、障害となる要素から解放することが挙げられます。現代イランの著名なイスラム哲学者、モタッハリー師は、これについて次のように述べています。
「多くの場合、人間の認識や思考は誤りに陥っている。この問題は、すべての人々の間に広まっており、特定の人に限られたことではない。すべての人々の感情や情欲は誤りを犯すものである。例えば、人間の五感の1つである視覚に関しては、数十種類もの見間違いや錯覚が指摘されている。また、知性に関しても、人間が論証的に考え、それに基づいて結果を導き出すということが起こっている。だが、彼らは後になって、その論証が実は正しいものではなかった事に気づく場合がある」
魂の健康について考える上で注目すべきもう1つの点として、全ての才能や可能性を活用する事があります。すでによく知られているように、神は全知全能であり、決して無駄な事を行いません。このため、人間の内面に秘められている可能性や才能は全て、その人に無目的に与えられたものではありません。それらを正しく活用すれば、その人が本当の意味での完全な成長に到達する上で効果を発揮するものなのです。
このため、本当の意味での完成の極致に到達する事を、例えば性的な本能を抑えることだと考えている人は、創造の哲学の本質が理解できていないことになります。
このことから、イスラムの預言者の教友たちが、日中に断食をし、夜から翌朝にかけて礼拝をして、香水を使わず、身だしなみを整えず、肉を食べないようにすると約束したとき、預言者ムハンマドはこれを強く否定しました。預言者は、次のように述べています。
“そのようなことをした人は全て、私の教えと伝統にそむいたことになり、そのような人は私たちの仲間ではない”
このように、人間が精神的なレベルを向上させるためには、ごく限られたポイントや決まりごとのみで満足するのではなく、自分と神、自分自身、周りの人々、自然界との関係という、4つの関係に注目し、正しい行いをする必要があるのです。
次回もどうぞ、お楽しみに。