家庭内におけるイスラム式の教育
今回は、核家族についてご紹介するとともに、家庭内におけるイスラム式の教育について考えることにいたしましょう。
すでによく知られているように、自分が生まれる家族を選ぶのは自分自身ではなく、それは神からの贈り物であり、同じように自分自身も家族にとっては神からの授かり物だということになります。そこで、今回はまず夫婦関係における心理学的なポイントにスポットを当ててみたいと思います。
結婚は、数多くの複雑な側面を秘めた、初々しい苗木のようなものであり、これに正しい方向性や適切なよりどころを与えないで、その成長のプロセスを管理しなければ、結婚により自分の思惑とする結果を得る事はできないと考えられます。
まずは、夫婦関係における妻と夫の違いに注目したいと思います。自分と配偶者の第1の違いはジェンダーです。最近、心理学の世界では男女が同じ人格を持つのではなく、心理学的な点で違いが存在する事が認められています。男性と女性は、創造の法則において根本的な違いをもっており、それは各人が生まれたときから受けてきた教育には関係ありません。そして、この違いがあるからこそ男女は互いに惹かれることになるのです。
さて、ジェンダーの違いについて考えるには、果たしてどのような時にジェンダーの違いにより、夫婦の間の意見の違いが生じ、そしてどのような点が2人の考え方に関係しているのかを突き止める必要があります。考え方の違いは解決できますが、ジェンダーから生じる違いは、相互理解によってしか解決できないのです。
共同生活の開始に当たっては、まず自らの責務をはっきりさせておくことがよいと思われます。例えば、経済問題について実生活での夫婦の収入の使い道はどうするのか、消費するのか貯蓄にあてるのか、家事はどのように分担して、それぞれがどのように相手を助けるか、といったことなどです。こうしたそれぞれの責務が、愛情や理知に基づいて行われれば、後になって2人のうちいずれかに責任の範囲以上の負担がかかり、もう一方が楽をしすぎているといったことは感じられないはずです。責務を分担することで、夫婦生活がより長続きすることになります。
神の預言者の娘ファーティマの生涯は、成功を収めたイスラム教徒の女性の模範といえるものです。また、見習うべき手本を求める全ての人々にとって、努力や相互理解、そして役割分担の模範となっています。ファーティマは、夫であるシーア派初代イマーム・アリーと契約を取り交わし、パン生地をこねてパンを焼き、自宅の掃除をするといった家事一般を自らが担当し、燃料となる薪の収集と食材の調達といった自宅外での業務はイマーム・アリーが担当することとしていました。
前回は、人間のコミュニティーの社会的な状況におけるあらゆる変化が、結果的に家庭の形態や構造の変化につながることについてお話しました。時代の経過とともに人々の目的やニーズが変化するにつれて、家族や家庭も全般的に変貌する事になります。
19世紀以降は、労働市場や生産工場による経済を中心とした新たな社会体制が成立し、それにより家庭のあり方も変化しました。社会体制の拡大、そして教育機関や生産工場、マスメディアといった近代的な組織の形成により、家庭の持つ主要な機能の一部がこれらの社会機関に委ねられ、各家庭の負担が軽減された結果、核家族が出現してきたのです。
核家族とは、夫婦と未婚の子供のみで構成されている家族の形態であり、西洋諸国では産業革命以降にこの種の家族形態が普及しました。核家族においては、家族のメンバーがいずれも自分のそのほかの血縁関係者とは生活しておらず、家庭経済を担っているのは大抵父親と母親のいずれか、もしくは両方となっています。そして、経済問題については、自らの第一親等の親族、両親や兄弟などにたよらず独立しています。また、家族にかかわる物事の決定は、話し合いや意見交換により下されます。
アメリカの社会学者タルコット・パーソンズなどの一部の学者の間では、核家族はきわめて理にかなった賢い選択だとみなされています。それは、こうした家族形態が論理や知性をもとに成立しており、大切な事柄を決定する際に、より強い持論を持つ家族のメンバー1人1人に決定権があることによります。核家族は、拡大することはありません。それは子供が法廷年齢に達して就職して社会人となれば、独立した生計を営み、また結婚して新しい家庭を築いていくからです。こうした核家族は、今や世界各地で見られます。
さて、それではここで、イランにおける典型的な核家族をご紹介することにいたしましょう。今回ご紹介する家族を、仮にラヒーミー一家とします。ラヒーミー氏には、妻と2人の息子、そして3人の娘がいます。子供たちは結婚後、それぞれ実家を離れ、独自の道を歩みましたが、年数が経過しても夫婦は互いに対する愛情のもとに暮らしています。
ラヒーミー家は、2つの部屋がある70平米の家に暮らしています。休みの日には、子供たちがやってくるため家の中はにぎやかになりますが、平日は静かです。子供たちはそれぞれ、遠くの場所に離れて暮らしており、それほど頻繁に実家に顔を出す事が難しいため、電話が彼らのもっとも重要な連絡手段となっています。
ラヒーミー夫妻は、人々にとってのよき相談相手として地元でも知られており、近隣の人々や知人とも良好な関係を維持しています。彼らにとって、モスクに出向く事は人々とのコミュニケーションを図り、喜びや安らぎを感じられる最高の手段となっています。
現在、ラヒーミー氏の抱える最大の悩み事は、息子夫婦の仲がうまくいっていないことです。この息子夫婦には、6歳になる子供が1人いますが、実生活において息子夫婦は折り合いが悪く、ラヒーミー夫妻はもし息子夫婦が離婚した場合、孫が情緒面での問題を抱える事になるとして懸念しています。ラヒーミー夫妻は地元では、家族問題のカウンセラーのような存在として活躍しているものの、これまで自らの子供たちの問題には干渉せずにいました。それは、自分たちが子供たちの家庭事情に深入りする事は、自分の子供たちに肩入れする事になり、それにより結果的に問題が倍増すると考えているからです。もっとも、ラヒーミー夫妻は子供たちの家庭内のトラブルを解決する仲介手段を探すことには努力しています。ラヒーミー夫妻のもう1人の息子は、親戚同士のつながりよりも友人同士のネットワークを大切にしており、ラヒーミー夫妻への面会にはそれほど顔を出しませんが、ラヒーミー氏はこの息子の夫婦が仲良く暮らしていてよかったと感じています。
このことから、核家族は現代の産業化社会の根幹をなし、夫婦やその子供たちとの相互関係の基盤の下に成り立ち、家族のメンバーが互いに身体的、精神的に結びついていることが分かります。核家族の基本的な目的は静けさと安らぎ、そして愛情だといえます。
今日、核家族はイランをはじめとする世界の多くの国に見られ、2011年の統計によればイランにおける全世帯の60%以上が核家族とされています。
核家族においては、未婚の息子や娘の恋愛感情に注目し、また双方の家族・社会面での位置づけを考慮したうえで婚姻が成立します、実際に、核家族はもはや生産・経済的な組織ではないため、この種の家庭では配偶者の選び方にも変化が生じており、その選択に当たっては個人的な意向や恋愛感情が優先されています。
それでは、今夜の番組の締めくくりとして、イスラム式の生活様式について考える事にいたしましょう。
イスラムでは、社会的な団結は夫婦やその家族のメンバーの団結から発生し、家族間の人情は社会においても広められると考えられています。イスラムでは、イスラムに沿った家族とは物質的な目的を超えた、倫理的、教育的な目的のもとに成立するとみなされています。イスラム的な基準から乖離し、贅沢三昧に金銭や物資を消費する結婚の道を選びながら、高潔な思想が生まれることは、決してありえません。
イスラムの歴史、また1979年のイスラム革命以後の時代においては、イスラム式による幸福な結婚や生活の生きた実例が数多く存在します。これらは、よき手本として今後の世代の人々の家族生活の向上に役立つと思われます。それではここで、2つの実例をご紹介してまいりましょう。
「そのとき私は、夫の実家にいました。みんなで食事の席を囲み、食事をしていました。私は、そこで食卓にあるものを持ってくるのを忘れた事に気づき、席を立って台所に行きました。私が食事の席に戻るまで数分ほどだったでしょうか。戻ってみたら、夫のメフディーが、食事に手をつけずに私が戻るのを待っていてくれた事に気づきました。これは、私の記憶に残っている夫の行動の中で、最も素晴らしいものです。」(殉教したメフディー・ゼイノッディーン氏の夫人の談より)
そして最後に、殉教したセイエド・アブドルハミード・ガーズィー・ミールサイード氏の夫人による、夫の特質についてのコメントをご紹介しましょう。
「雨の降る、ある夜のことでした。その翌日に、夫ハミードは試験を控えていました。私は中庭に行き、衣服を洗い始めました。ちょうどそのとき、夫がやってきて私の背後に立ちました。そこで私は、「そこで何をしてるの?明日は試験があるんでしょう?」と問いかけました。すると彼は、水をためてある石造りの水槽の脇に両膝をつき、冷たい水で冷え切った私の手を洗濯だらいから引きあげ、次のように述べました。『お前にふさわしい生活をさせてやれなくで、自分が情けない。実家では洗濯機で洗濯をしていた娘が、今は自分のところに来てこんな寒いところで洗濯をしなければならないなんて』 そこで私は、彼の言葉をさえぎり、次のように述べました。『別に強制的にやらされているわけではないわ。私は自分から進んでやっているのよ。そうやって私の事を分かってくれるだけで十分よ」
次回もどうぞ、お楽しみに。