6月 05, 2016 21:19 Asia/Tokyo
  • 湿地帯の破壊が自然環境にもたらす影響
    湿地帯の破壊が自然環境にもたらす影響

今回は、湿地帯の破壊が自然環境にもたらす影響について考えることにいたしましょう。

年毎に失われる湿地帯と、湿地帯への誤った認識

現在でも、湿地帯といえば、湿った土地、入ることのできない泥地で、昆虫類の繁殖や、マラリアなどの伝染病の拡大の中心地、という考えがまず思い浮かぶことが多いようです。このため、湿地帯は、沼地や沢という用語で定義されることが多くなっています。ですから、湿地帯を排水して普通の農業用地に転換することで、人々をこうした問題から解放することは、政府系機関や地方の社会の第1の目的であるのみならず、経済振興のモデルや政治的な決定において、ある種の発展のシンボルと見なされています。このプロセスは、現在も続いており、生物の多様性や恒常的な発展といった、環境保護の新たな概念の影響は、伝統的なアプローチをそれほど転換できていないのが現状です。

もっとも、湿地帯の消滅は発展途上国のみに限られず、先進国でも湿地帯を破壊することによる農業用地の拡大が行われています。この点から、先進国と発展途上国は同じ特徴を持っています。例えば、アメリカは植民地時代から現在までに、8700万ヘクタールの湿地帯を喪失しており、現存する湿地帯も産業開発による破壊的な影響にさらされています。そのため、現在のアメリカの水法は、湿地帯の埋め立ての監視を視野に入れたものになっています。

しかし、失ったものを取り戻すには、いささか遅すぎたように思われます。複数の調査からは、湿地帯を復元させたとしても、それはもはや以前の湿地帯の特色を失っており、人造湖としての機能しか持たない単なる水溜りとなってしまうことが分かっています。このため、湿地帯は存在する限り保護されなければなりません。

 

湿地帯の枯渇による弊害とは

湿地帯の喪失は、大地を失うことの最初の兆候であり、また誤った生活や管理を示すものでもあります。1つの湿地帯が失われることで、大地の一部の持つ可能性が失われます。このことは、一定の職業の喪失やそれによる人々のほかの土地への移住、農業や水産業の消滅、恒常的な食糧の源や、観光業などの社会面での様々な可能性の喪失、さらには皮膚病や呼吸器系の疾患の一部の蔓延の引き金となります。

湿地帯が枯渇した場合、地下水の帯水層も枯渇すると考えられ、湿地がその機能を失った際には、それに代わるものを生み出すのに莫大な時間と費用がかかることになります。自然破壊に関する警告を無視し、対策が遅れることは、大地の多くの部分を失うことにつながります。

 

湿地帯の枯渇による砂塵の発生

専門家の見解では、湿地帯の機能の1つは、砂嵐を防ぐこととされています。それは、湿地帯が空気中の湿度を上げ、細かい砂塵が生じるのを防ぐからです。ですから、湿地帯が消滅すると、細かい塵あくたが増加します。湿地帯には、塩分やそのほかの細かい沈殿物が含まれているため、湿地帯が枯渇すると細かい塵あくたが生じる元になります。実際に、枯渇した湿地帯は、砂嵐や砂埃に必要な条件を作ってしまうことになります。

アメリカ海洋大気庁がイラクで行った調査によりますと、近年特にイランでの砂塵を初めとする砂嵐が多発している原因は、イラク東部、特にジャジーラ地区で砂漠化が進んだことにあるとされています。この地区は、イラクの首都バグダッドの近郊、そしてチグリス・ユーフラテス川の中間地帯に位置しています。この地域にはかつて、数多くの湿地帯が存在していました。しかし、1990年から91年にかけて始まった干ばつによる降雨量と湿度の低下に加えて、シリアがユーフラテス川の水資源をより多く利用するために人工支流を設け、またトルコ政府もチグリス川流域に複数のダムを建設し、イラクが農業用水として河川や湖沼、湿地帯の水を過剰に使用した結果、特にジャジーラ地区を初めとした地域の湿地帯は完全に干上がってしまいました。

一方で、これらの地域を覆っていたアシなどの草原も、度重なる干ばつに加えて、乱獲、さらにはアメリカが仕掛けたイラク戦争により、ほぼ完全に失われ、湿地帯を形成する非常に小さい砂粒は、シャマールと呼ばれる乾燥した北西風にのって吹き上げられ、中東地域に有害な砂埃を引き起こしています。

 

イラン・イラク国境地帯のメソポタミア湿原の枯渇問題

専門家によって行われた調査からは、中東地域での砂埃の危機は、イラクのメソポタミア湿原の干拓が盛んになったときから、恒常的な問題になったことが明らかになっています。メソポタミア湿原は、イランとイラクの国境地帯に位置し、ユーフラテス川流域にある非常に大きな湿原のうち、現在も残っている唯一の湿原です。この湿原は、ホウル・マルキャズィー、ホウロル・ヘマール、ホウロル・ホヴェイゼの3つの部分に分かれています。このうち前者の2つはイラク領内にあり、残りの1つの湿原のうち3分の2はイラク領内に、3分の1がイラン領内にあります。

ホウロル・アズィームとも呼ばれるホヴェイゼ湿原は、総面積がおよそ11万8000ヘクタールに及び、イラン南西部フーゼスターン州西部、イラクとの国境地帯のアーザーデガーン平原にあり、キャルヘ川の河口付近に位置しています。この湿原は、水面に塵あくたが浮かんでいるため、この湿原の水がほかの地域に流出することはありません。そのため、イランあるいはイラク領内でのこの湿原の枯渇により、この地域での砂嵐や砂煙が多発するようになっています。

このことから、自然環境の専門家の多くは、細かい砂粒が発生する原因は、イランとイラクの国境にまたがる、チグリス・ユーフラテス川流域の枯渇した湿地帯にあると考えています。これらの湿地帯は、過去40年間でその90%が失われており、現在は風に乗って舞い上がる砂粒の中心となっています。電子顕微鏡によって行われた実験の結果から、イランの南部と西部で発生した最近の危機により、砂粒の中に淡水や海水に生息するケイソウが見られることがわかりました。さらに、砂粒にはカイムシが存在しています。これらの発見により、最近の砂埃の原因が砂漠ではなく、枯渇した湿地帯にあったことが証明されました。また、ペルシャ湾岸海洋環境保護機構が撮影した航空衛星写真からも、これらの砂埃の多くがチグリス・ユーフラテス川流域のこの地域のものだったことが判明しています。この地域は、ついこの間までは中東最大の湿地帯でしたが、現在では枯渇して荒野となり、農業用地としては使用できません。

ダム建設によるチグリス・ユーフラテス川付近の湿地帯の破壊

世論では、チグリス・ユーフラテス川の破壊の危機が1990年代のサッダーム政権に関係するとされていますが、国連の報告では、これらの川に最も多くのダムを建設してその流れを制限したトルコ政府が、イラクとシリアの湖や湿地帯の枯渇の重要な原因を作ったことが判明しています。これらのダムの建設の多くは、トルコにおけるアナトリア開発プロジェクトによるものでした。

様々な専門家による調査からも、この数年間でチグリス・ユーフラテス川流域にある一連の湿地帯が枯渇した原因は、トルコとイラクによるこの2つの河川での大規模なダムの建設にあり、これらの湿地帯の枯渇が地域における砂嵐の原因となったことが明らかになりました。これらのダムや排水網の建設は、かつては地上の楽園と謳われ、国際的な生物の多様性の拠点とされていた世界一の湿地帯の1つを、今や干上がった砂漠へと変えてしまったのです。国連環境計画も、この分野に関する最近の報告において、この事実を指摘し、次のように表明しています。

「21世紀の幕開けに当たって、チグリス・ユーフラテス川流域におけるメソポタミア湿原の消失は、世界の自然環境面での大惨事の1つとみなされる。この湿原の消失は、人為的な工業技術による自然環境の最悪の惨事であり、その結果は永久に世界に残るであろう。また、中東におけるメソポタミア湿原の90%が消滅したという事実は、破壊的な危機の1つであり、地域における戦争や衝突、自然環境汚染や人間社会にとっての脅威を増やすことになり、最終的には考古学上の史跡や動植物の生息地を破壊し、自然環境の影響による難民や人権を脅かす要因を増やす可能性がある」

このことから、現代人は1つの湿地帯の消滅が単に書物からその名前が削除されるのみならず、地球上の多数の生物の死滅という、取り返しのつかない悲劇につながることを忘れてはなりません。メソポタミア湿原に起こった出来事は私たちに、地球の滅亡の危険因子にこれまで以上に注目するよう警告しているのです。

次回は、国際社会は湿地帯の消滅を防ぐために、どのような策を講じてきたかについてお話する予定です。どうぞ、お楽しみに。