西側の思想家が考える預言者ムハンマド(28)
(last modified Sat, 19 Nov 2016 07:09:15 GMT )
11月 19, 2016 16:09 Asia/Tokyo
  • 西側の思想家が考える預言者ムハンマド(28)

フランスの著名な中東学者、ジャン・ブロワは、1907年に生まれました。

彼は学業を終えた後にジャーナリストになり、世界各地を旅しました。また、メディナにあるイスラムの預言者ムハンマドの墓を訪れるため、1966年にメッカに赴き、イスラム教徒のメッカ巡礼儀式に参加しました。

ブロヴァは、イスラムやイスラムの重要な人物に関して多くの書籍を記しています。そのうちのひとつが、預言者ムハンマドに関するものです。彼はこの本の第一章で次のように記しています。

「我々が暮らす地球は、大きな展示場であり、そこではあらゆる時代に神の意志によって驚くべき現象が見られる。その一部は大地の上で安定して存在し続けているが、別の一部は、眠りのように一時的なものであり、エネルギーを残すことがない。地球で提示されている最も壮大で確かな現象は、ムハンマドの出現により、7世紀半ばにイスラム教徒が世界に示したものである」

ムハンマドはあらゆる美徳や善を映し出す鏡です。これは、このフランスの中東学者が何よりもまず、認めている点です。彼は預言者の言動を賞賛し、次のように語っています。「ムハンマドの道徳は類を見ないものだった。貧しい人や保護者のいない子供たちに強い関心を寄せ、彼らと交流し、彼らが穏やかに暮らすための状況を整えていた。ムハンマドは人々の心に近づいていた。常に微笑みを浮かべ、優しく語っていた。何かを蓄えたりすることはなく、何かが手に入れば他の人に与えていた。口数は決して多くなく、威厳があった。彼ほど威厳がある人間はほとんどいないだろう」

ジャン・ブロワによれば、歴史上の偉人たちと比べて預言者ムハンマドが優れていた点は、彼が利己的な人間ではなかったことです。ブロワは次のように記しています。

「預言者は、イスラムの統治を築く際、地位や権力を手に入れたり、華やかな生活を手に入れたりすることを求めていなかった。彼はただ、公正で人間的な統治体制を築こうとしていた。そこでは、至高なる神以外、何かが崇拝されることはなく、人間は誰も、何ものも、神の仲間として崇拝してはならなかった。また、すべての人々の権利が平等に守られ、自由によって、全ての人が健康で幸福な生活を送れるような統治体制である。彼は、長年に渡り、統一と連帯を失っていたアラブの人々のために、中央政府、法、生活をする上での計画をもたらした。この統治体制においては、宗教的な成功や前進が次々とイスラム教徒にもたらされ、次々に戦利品が彼らのもとに流れ込んだ。それにも関わらず、統治権力の頂点にいた預言者の行動に変化はなく、その後も彼は質素な生活を送り、さまざまな苦労に耐えた」