ボスニア; スレブレニツァの大量虐殺から25年
7月11日は、ボスニア・ヘルツェゴビナでの1995年のセルビア人勢力によるスレブレニツァ大量虐殺の25周年を迎えます。
住民のほとんどがイスラム教徒で、オランダ軍の国連平和維持活動隊の保護下の「安全地帯」であったスレブレニツァは、1995年7月11日にセルビア人勢力によって占領されましたが、この時オランダ軍からの抵抗はありませんでした。その結果、この町の住民8000人以上が虐殺されることになりました。一部の犠牲者の遺体はまだ行方不明のままです。
オランダ・ハーグの旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(ICTY)は、スロボダン・ミロシェビッチ、ラドバン・カラジッチ、ラトコ・ムラディッチを含む多数のセルビア人指導者に、虐殺に関与した罪で終身刑を言い渡した。
オランダ・ハーグ地方裁判所でもまた、「オランダ軍はその基地に避難した350人にそこへの滞在を許可することができたものの、これらの人々をセルビア人勢力に引き渡した。オランダ軍はこれらの人々がセルビア人兵士によって危害を加えられたり殺害されたりする危険があることを分かっていながら、故意にかつ違法にそのような行動をとった」と発表しました。
イランのザリーフ外相はツイッター上で、スレブレニツァ暗殺記念日に際し、「25年前のこの日、ヨーロッパがその基本的責務の遂行に失敗したためにスレブレニツァ大虐殺が始まり、4半世紀後にも、ヨーロッパは同じような力の至らなさに足を取られている」と述べました。
NATO北大西洋条約機構のストルテンベルグ事務局長も、スレブレニツァ虐殺の25周年も強調し、「このような殺戮を二度と起こしてはならない」と強調しました。
イルナー通信によりますと、ストルテンベルグ事務局長は11日土曜、ツイッター上で、「ヨーロッパの中央でスレブレニツァ虐殺が起こった。それから25年が経過し、我々は皆、常にこのことを胸に、そして二度とこのような事件を起こさないようにする責任がある」と述べました。
イタリアのジュゼッペ・コンテ首相も、ツイッター上で、「25年前のスレブレニツァの大量虐殺は、依然としてヨーロッパの歴史の中で最も暗いページの1つである」と述べています。
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