7月 12, 2018 21:05 Asia/Tokyo

この時間は、イランのシャーフルード・バスターム・ハラガーンの世界遺産会合について報告し、これらの地域の観光、文化の魅力についてお話しましょう。

シャーフルード・バスターム・ハラガーンの世界遺産会合は、6月半ばにハラガーンで開催されました。この3つの都市は、テヘランの東にあるセムナーン州に位置しています。今回の会合は、この地域の史跡の世界遺産登録を目指して開催されました。

 

シャーフルード・バスターム・ハラガーンの世界遺産会合は、2つの目的にそって計画されました。一つは、文化や観光の見所を知ってもらうこと、そしてもう一つは、この地域の豊かな文化遺産と地理や歴史を紹介することです。

 

世界遺産会合では、歴史地区や自然区域の観光に関するプログラムだけでなく、シャーフルード、バスターム、ハラガーンの宗教関係者、歴史、地理、文化、言語学、人文学の分野の要人や研究者が出席し、学術会合も開催されました。

チェレビ氏

 

シャーフルード・バスターム・ハラガーンの世界遺産会合に出席した、モウラヴィー国際財団の会長のチェレビ氏は、次のように語っています。

 

「シャーフルード、バスターム、ハラガーンの人々の会合に参加できて光栄です。私は自分はこの土地の人間であると考えており、招待されて本当にうれしく思います。特にバスタームとハラガーンは偉人や文学者を輩出した土地であり、現代も、文学や神秘主義哲学の分野で多くの人が活躍しています。この土地から、ますます多くの人が世界で活躍することを願っています」

 

イランの伝統音楽の巨匠であるシャフラーム・ナーゼリー氏も、この会合に招待されました。ナーゼリー氏はこの会合で演説し、次のように語りました。

 

「10世紀の神秘主義詩人、アボル・ハサン・ハラガーニーの墓を訪れることができて光栄である。イランの偉人、特に神秘主義者の偉大さが、もっと広く伝えられるべきだと考えている。彼らの思想や行動は、真の精神性である。イランの歴史と文化は、貴重な教えを持つ偉大な人々に溢れている。実際、彼らこそが、イランの神秘主義の基礎である」

 

シャーフルード・バスターム・ハラガーンの世界遺産会合の目的の一つは、イランの文化関係者を独占しようとする流れに対抗することでした。イランの近隣諸国によるこうした流れは、文化的な偉人たちのアイデンティティを偽ることにより、彼らを自分たちの土地の人間であるように見せようとしています。しかし、現代の世界は、人々は文化的な基盤をもとに成長し、物質的、精神的な財産は、文化的な偉人たちによって獲得されています。そのため、自分たちの歴史やアイデンティティを守る必要があるのです。

 

現在、35人近いイランの偉人が、世界のリストに登録されています。このリストに登録されているのは、サアディ、ハーフェズ、アッタール、フェルドウスィー、モウラヴィー、ナーセルホスローなどの詩人や、12世紀の著名な楽器奏者のナジュムッディン・クブラ、14世紀の音楽家、アブドルカーデル・メラーゲイーなどです。

 

この他、ユネスコの偉大な文学者や学者のリストには、13世紀のモッラーサドラー、ミールダーマード、ガージャール朝のナーセロッディーンシャーの宰相であったアミールキャビールの他、ハージェ・ナスィーロッディーン・トウスィー、ガザーリー、ファーラービー、アブーアリー・スィーナー、ハイヤームなどの名があります。さらに、9世紀の医学者で哲学者でもあった、ザキャリヤー・ラーズィー、14世紀の神秘主義哲学者、シェイフマフムード・シャベスタリーもユネスコの文学者や学者のリストに名を連ねています。

 

バスタームとハラガーンの歴史は、文学と神秘主義哲学の分野の2人の偉人で飾られています。その2人とは、バーヤズィード・バスターミーと、アボルハサン・ハラガーニーです。

バスタームの史跡群にあるバーヤズィード・バスターミーの墓

 

ここからは、9世紀と10世紀のイランの神秘主義哲学者、バーヤズィード・バスターミーと、アボルハサン・ハラガーニーについてお話しましょう。

 

バーヤズィード・バスターミーは、9世紀に生きた神秘主義哲学者です。いつ生まれて亡くなったのかは正確にはわかっていませんが、彼の作品などから、神秘主義哲学を心から愛した人物だったことが分かっています。

 

バーヤズィードは、神秘主義哲学者の王の称号を得ていました。彼の言動や人生は、アッタールやモウラヴィーの詩の中で、他のどの学者よりも多くうたわれています。バーヤズィードの墓は、バスタームの史跡群にあり、この偉人の清らかな性質を物語るシンプルなものとなっています。

 

バスタームの町から23キロ離れた場所には、アボルハサン・ハラガーニーの墓があります。

 

アボルハサン・ハラガーニーは、10世紀の著名な神秘主義哲学者の一人で、アブーアリー・スィーナーやナーセルホスローに会っています。

 

ハラガーニーの墓の現在の建物は、円錐形のドームのあるモスクの下にあり、このモスクはメフラーブ・祭壇だけが残っています。このメフラーブは、他のモスクのメフラーブとは異なり、西側を向いており、イルハン朝時代の美しい浮き彫り細工が見られます。この建物はレンガでできていて、緑に覆われた敷地にあり、神秘主義者の巡礼地であると共に、穏やかな空間を提供しています。

アボルハサン・ハラガーニーの墓

 

シャーフルード・バスターム・ハラガーンの世界遺産会合のもう一つの目的は、この地域の歴史や地理をイランや外国の観光客に知ってもらうことでした。この地域は、遠い昔、イランの東と西を結び、シルクロード上にあったため、常に特別な重要性を有していました。

 

シルクロードは、中国の絹を運ぶ交易路であったため、このように呼ばれるようになりました。歴史によれば、イラン北東部のホラーサーンはシルクロード上にあり、考古学調査からも、ダームガーン、セムナーン、シャーフルード、バスターム、ギャルムサールといった都市も、かつて、シルクロードの途上にあったことが分かっています。シルクロードのうち525キロを占め、この途中に23の隊商宿が存在したことは、この地域の重要性を示しています。

 

ここで、この地域の見所に関する、IRIB記者のシャーフルードからの報告をお聞きください。

 

「シャーフルード行政区は、テヘランの東に400キロ、シャーフクー山脈の裾野に位置しています。シャーフクー山脈からは多くの小川が流れており、この地域の繁栄に重要な役割を果たしています。この町には、肥沃な土地と多くの果樹園があり、シャーフルードのブドウは、世界的に知られています」

雲の森・クラウズフォレストと呼ばれる森林は、希少価値の高い動植物が見られる、カスピ海沿岸のヒルカニアン森林で、シャーフルードの近くにあります。この森林は、面積が3万5000ヘクタールで、イラン北部の緑豊かな地域にあり、多くの場合に雲に覆われているため、雲の森という名で知られています。この森林では、雲が低くたれこめるため、森が雲の上に載っているように見えます。

「シャーフルードは、セムナーン州で最も美しい町であり、荒野、山、滝、泉、河川、森林が存在します。また、シャーフルードは、歴史的な建造物や宗教施設、古いモスクが数多くあり、路地にはプラタナスの木が生えています」

シャーフルードの雲の森

 

バスタームは、シャーフルードから6キロの場所にあります。バスタームの歴史は、紀元前5000年から6000年にさかのぼり、現在の町は、当時の古代の史跡の上に建設されました。

 

バスタームは、イスラム後、イランの文化と学術の中心となり、中央アジアやイラン北東部のホラーサーン地府から、イランの西部とヨーロッパを結ぶ途上にあったことから、大きな重要性を有していました。この町の史跡で世界的な名声を得ているのは、8世紀の著名な神秘主義哲学者、バーヤズィード・バスターミーの墓です。

 

バーヤズィード・バスターミーの文化施設は、バスタームの見所の一つで、そこに入ると、まるで過去にさかのぼったかのようです。静寂に満ちた空間、鳥の鳴き声、青い空、緑のゆたかな 木々、美しいタイル細工が、非常に美しい景色を作り出しています。

 

過去の神秘主義哲学に関する資料によれば、バスタームの人々は、決して誰かを愛することはなく、愛する人がいる人がこの町に足を踏み入れ、この地域の水を飲めば、それが消えてしまうと言われています。この話は、神への愛のみを考えていたバーヤズィードの考え方によるものだと言われています。