ことわざ:「糸は短くすべき」
昔々、ある町に仕立て屋が住んでいました。
彼は町の人たちのために、服を縫っていました。仕立て屋には、腕の良い弟子がいて、もう何年も一緒に仕事をしていました。仕立て屋の弟子は、非常にセンスがよく、親方と同じように、すばらしい服を仕立てていました。彼が仕立てた服は、美しさ、形の良さ、丈夫さのどれ一つを取っても親方にひけを取りません。ただ、早さという点では、親方の足元にも及びませんでした。親方は、1週間に一着の服を仕立てて、客に渡していましたが、弟子の方は、一着の服を仕上げるのに倍の2週間を要したのです。
弟子は、親方の仕事の早さの秘訣を探ろうとしましたが、どんなに目を凝らしてみても、皆目わかりません。ある日、弟子は親方に尋ねました。
「私の仕事にご満足でしょうか?」
親方は答えました。
「満足だよ、お前はすばらしい服を仕立てている」
弟子は続けました。
「でも、なぜあなたのほうが仕事が早いのか、わからないのです。私が2週間かかる仕事を、親方は1週間で仕上げています。ですから、私の仕事のどこに問題があるのか、教えていただきたいのです」
親方は優しく言いました。
「私には秘訣があるのだよ。でも今はそれを言わないでおこう」
弟子は親方の言葉に納得がいかず言いました。
「親方は、私の仕事に満足だとおっしゃったではありませんか。なぜ私の仕事の問題点とご自身の早さの秘訣を教えてくださらないのでしょう?」
親方は言いました。
「私の店は多くの客を抱えている。確かに私はお前に満足しているが、まだお前を信じることができないのだよ。仕事の秘訣を話してしまえば、お前はすぐに私の店の前に自分の店を開くだろう。腕は確かだし、仕事も早い、とそうなれば私の客がみんなお前の店に行ってしまうのは間違いないだろう」
弟子は尋ねました。
「では、その秘訣を、いつ私に教えていただけるのでしょうか?」
親方は答えました。
「まだまだ先のことだ。お前を信頼できるようになったら教えてあげよう」
何年かが経ちました。弟子は、親方が仕事の秘訣を教えてくれるのを辛抱強く待っていました。弟子は、自分の店を開いて、親方の店を潰してしまおうなどとはまったく考えていませんでした。でも、仕事の早さの秘密を知りたくてたまらなかったのです。弟子は、仕事に精を出し、自分の仕事に誇りを持ち、いつも、親方の信頼を得ようと努力しました。
そうしたある日、親方が病気になりました。医者たちは、親方は大変高齢で、余命はいくばくもない、と告げました。親方は、弟子を自分のもとに呼んで言いました。
「死が迫っている今、お前に私の仕事の早さの秘密を教えてあげよう」
弟子は、今こそたいへん重要な秘密が聞けるのだと、胸が躍りました。しかし、彼が聞いたその内容は、重要どころかたいへん簡単なものでした。弟子はその親方の言葉が、仕事の早さの秘訣とはどうしても思えなかったのです。
親方は、こう言いました。
「お前は縫い糸を短くとっていない。糸を短くしなさい」
弟子は尋ねました。
「どういう意味でしょう?あまりに簡潔すぎてわかりません」
親方は答えました。
「そうとも。お前は、針に糸を通すとき、やたらと糸を長く取っているだろう?そうすると、縫うときにその長い糸を何度も何度も布に通さなくてはならない。だが、糸を短くすれば、縫うのに短時間しかかからない」
それ以来、時間を短縮して作業したがっている人に向かって、こう言うようになりました。
「糸は短くすべき」