4月 29, 2018 20:44 Asia/Tokyo
  • ことわざ: 「善意の嘘は悪意ある正直に勝る」
    ことわざ: 「善意の嘘は悪意ある正直に勝る」

昔々のこと。国から国を渡り歩いて商売をする旅商人がいました。

ある時、商人はそうした旅の途中でとんでもない事件に巻き込まれてしまいました。商売相手に騙され、訴えられてしまったのです。男の商売相手は、裁判に勝つために多くの賄賂を裁判官に送りました。裁判の結果、なんとこの商人は財産を没収された上に死刑を宣告されてしまいました。

 

商人は、実直に商売を続けてきたお蔭で、年老いた今、まとまった財産を築くことに成功していました。それなのに死刑を宣告されてしまうなんて!商人は裁判官の判決に抗議の声を上げました。しかし、彼の言葉は、その国で話されている言葉とは違っていたため、裁判官も人々も、誰一人商人の言い分を理解する者はいなかったのです。

商人は、我が身の不運を嘆きました。自分の言葉を理解できる者もいなければ、自分の言うことに耳を傾けてくれる者もいません。ましてこの町には、助けてくれるような知り合いだっていないのです。

 

商人は、死刑が行われるまで牢獄につながれることになりました。牢獄に連れて行かれる時に、商人はスキを狙って、役人のもとから逃げ出すことに成功しました。そして、木々が生い茂る、とある庭園に身を潜めたのです。商人は、生い茂る草の間で眠り、夜になるとこっそり出てきて、そこに実っている果物を食べては、空腹を癒していました。

 

その庭園で庭師をしていた老人は、思慮深い人間でした。商人が隠れていることに気づいていましたが、誰にも何も言いませんでした。庭師は、隠れている商人が落ち着くまで何日か待ちました。それから彼が怯えることのないよう、やさしく近づいていって、話をしたのです。幸いにも庭師は商人の言葉を理解することができました。庭師は商人が善良な人間で、ずる賢い商人にだまされてしまったことを知ると、こう提案しました。

「どうだろう。私が取り計らうから、あなたは王様に会いに行って、今回の問題を話すのだ。一生、このまま隠れて暮らすわけにはいかないだろう」

商人は庭師の提案に同意しました。そこで庭師は、彼が審判を受けるため、王様のもとを訪れる手はずを整えました。逃げていた囚人が見つかり、王様と面会するらしい、という知らせが町中に広がりました。裁判官は、自分が賄賂をもらって、商人に罪を着せ、死刑を言い渡したことがばれてしまうのを恐れました。そこで先手を打って、自分の不正が明らかにならないよう王様の元を訪れたのです。裁判官は王様に、商人の悪口を言いたい放題吹き込み、王様は、商人の有罪を信じ込んでしまいました。

                      

商人が王様のもとにやってきた日、大勢の市民がどんな裁定が下されるのかと集まっていました。しかし、王様は商人の言葉を聞く気もなければ、彼が無実だとも思っていませんでした。王様の側近の中から、商人の言葉がわかる者が通訳に選ばれました。両手を縛られた商人は、王様の前に立つと、すぐに自分の主張を始めました。誰も自分の言葉を聞いてくれないこと、そして自分の言い分を聞かないうちに裁判官が死刑を言い渡したことを訴えたのです。

 

すると裁判官はここぞとばかりに声を張り上げました。

「私には彼の言葉がわかります。勝手なことを申しております。こいつは詐欺師で、町の商人の財産をだまし取り、そのうちの一人を殺しました」

 

王様は言いました。

「裁判官の判決は正しかった」 

付き添った庭師がどんなに努力しても、王様は商人の言い分を聞こうとしませんでした。今度もまた、死を宣告された商人は、自暴自棄になって、思わず王様に悪態をつきました。裁判官は、商人が王様に悪態をついているのを見て、王様に彼の言葉が聞こえるよう、一同に静粛にするよう言いました。周囲が静まると、王様は尋ねました。

「商人は何と言っていたのだ?」 

そこで庭師は間髪を入れず答えました。

「王様よ、彼は祈りを捧げ、許しを求めておりました」 

王様は沈黙しました。庭師の言葉に、裁判官は慌てて言いました。

「この男は嘘をついております。商人はあなた様に対して、祈っても許しを求めてもいない、さんざん言いたい放題、悪態をついておりました」

 

王様はしばらく沈黙したあと、こう言いました。

「そうであったか。だが、庭師の嘘は、お前の本当の言葉よりも美しい。お前の正直な言葉でこの商人は殺されてしまうところだった。しかし、庭師の嘘によって、異国から来た旅人の命が救われるかもしれない」 

 

庭師は王様に許可を求め、商人のこれまでのいきさつを丁寧に説明しました。王様は、今度こそ商人の言い分をしっかりと理解すると、商人を自由の身とし、没収した財産を彼に返すことを宣言しました。慌てたのは裁判官です。この場をどう切り抜けようかと考えていると、王様はこう言い渡しました。

「この裁判官は、賄賂に眼がくらんで罪のない人間を死刑にするところであった。彼の罪は重い。彼を投獄せよ」

 

このときから、本当のことを言って、他人の心を傷つけたり、他人を不幸に陥れたりする人に向かって、こんな風に言うようになりました。

 

「善意の嘘は、悪意ある正直に勝る」 

 

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