結婚生活の特徴
今回も、結婚生活の特徴についてお話することにいたしましょう。
若者の多くは、結婚後の共同生活や条件が、それ以前に友人として交際、或いは婚約中にあった相互関係と同じようなものだと考えています。しかし、残念ながら、このような友人関係、そして婚約期間中という2つの状況により、多くのカップルは結婚という形での共同生活を悲観的に捉えています。しかし、これはある意味で当然とも言えるもので、実際に単なる友人関係や婚約期間中の関係は、実際の共同生活とは大きな違いがあります。
共同生活においては、生活上の優先事項に別の問題が存在します。男性は、その思考の構造、また人類創造の歴史を通して担ってきた責務に基づき、労働や社会面での成功を最優先に据えています。
一方で、女性にとって最も理想的な生活状況は、自分の愛する男性がほかの何よりも彼女を優先し、自分のみに思いを向けてくれるであり、そうでない場合、女性はその関係に失望し、男性の愛情が冷めてしまったと考えるものでした。このため、女性は共同生活という全ての関係に敏感であり、否定的な反応を示す傾向があります。
このため、共同生活に入るためには物事を現実的に見る必要があります。そのためには、自分の頭の中にある理想のイメージを現実に近づけ、論理的に、また現実的、客観的に決断できるようにならなければなりません。すなわち、賢明さや思考力の助けを活用して、恋愛関係が薄れてしまった原因が、決して愛情の不足や、相手を愛していなかったということではない、ということを互いに理解する必要があります。私たちの暮らしは、愛情だけに集約されるものではなく、互いに対する愛着や優しさに加えて、生活の基盤を強化するにはその他の要素も重要である、ということを知っておかなければなりません。
それではここからは、イラン人家庭のもう1つの特徴についてお話することにいたしましょう。
イラン人家庭の主な特徴の1つは、子供への支援や教育において親の存在が重要であること、そして子供が親を尊敬する文化が存在する事です。イラン人の社会では、親に尊敬するという概念が明確に見て取れます。イランの社会学者アーザード・アルマキー博士は、親を尊敬する事、親に対する状況のあり方や親に対する愛情の大切さを示すため、2つの選択肢についてのアンケートを実施しました。第1の選択肢は、次のようなものでした。
「親の特徴や欠点はともかく、人間を親を敬愛する必要がある」
2番目の選択肢は、次のようなものです。
「子供は、自分の両親を敬愛する義務はない」
アーザード・アルマキー博士は、次のように述べています。
「私たちは、両親を尊敬するという概念を、2つの時期に分けて検討した。その結果、親を尊敬する事において大きな違いは生じず、回答者全体の89%が、親の特徴や欠点には関係なく親を尊敬すべきである、という選択肢を選んでいた」
親を敬愛するというこの重要な概念は、宗教の教えや宗教信仰にも関係しています。イスラムの聖典コーランの数多くの節においても、親に対する感謝は神への感謝に等しいとされています。その例として、コーラン31章、ルグマーン章、「ロクマーン」第14節には、次のように述べられています。
“そして、我らは両親への態度について人間に勧めた。人間の母親は、自分が徐々に弱くなっても、その子を胎内で養い、離乳まで2年かかる。『我とあなたの父母に感謝しなさい。全ての人々は、我のもとに帰るのである』”
また、コーラン第17章、アル・イスラー章、「夜の旅」第23節と24節には、次のように述べられています。
“また、あなた方の創造主なる神は、彼のほかの何者をもあがめてはならず、そして親孝行をしなさい、と定められた。もし、両親かそのどちらかが、あなたと一緒にいて老齢に達しても、決して彼らに汚い言葉を使わず。大声を出さず、優しい言葉で話しなさい。そして、敬愛の情を込め、両親に対し謙虚に翼を低くしなさい。そして、「わが主なる神よ。幼少の頃、私を育ててくれたように、私の両親に慈悲を授けたまえ」と述べるがよい”
20世紀のイランの偉大なシーア派の最高権威の1人、セイエド・シャハーボッディーン・マルアシー・ナジャフィー師は、次のように述べています。
「私が10歳ぐらいだったころ、イラクの町ナジャフにいたときのことだった。ある日、私は母に「お昼ごはんの時間だから、上の階にいってお父さんを呼んできてちょうだい」といわれた。上に上がってみると、父は本を読みかけたままうつ伏せになって眠っていた。私は、母親に言いつけられたとおりに、ぐっすり寝ている父を起こそうかと考えた。でもそうしたら父に、せっかく気持ちよく眠っていたのに何故起こしたのかと叱られるかもしれない。そこで、父が仮に起きたとしても父が不快感を抱かないようにしようと考えた。私は、かがんで父の足の裏に口付けした。すると、父が目を覚まし、私の行動を見て涙を流し、その瞬間に私のために祈りをささげてくれたのである。今私がこうしてあるのは、ひとえに私の父の祈祷のおかげである」
家庭内における親子関係は、非常にデリケートなものです。親子の間に存在する愛情は、兄弟姉妹などそのほかの家族のメンバーの間では幾分薄れます。おそらくはこのために、イランの大家族においては、家族のそのほかのメンバーとの交流が円滑に行われていると思われます。
子供は、他人に心を寄せ共感し、折り合うというすべを両親から学び取り、次第に社会に出て行くための準備を整えます。彼らは、親との関係のような強い愛情関係がなくとも、そこに優しさと信頼感があふれていれば他人との健全な関係を構築する機会を見出します。
このように、強い絆は愛情によるものであるため、現代の世界において情報技術化や個人主義化が進んだとはいえ、今なお親子間の敬愛の情は決して失われていないのです。
それでは、今夜の番組の締めくくりとして、夫婦関係に関するシーア派初代イマーム・アリーの名言をご紹介することにいたしましょう。イマーム・アリーは次のように語っています。
“女性は、人間的な思考や知性を、その美しい言動や繊細な情愛の中に示す事ができると同時に、それは義務でもある。また、男性は、その人間的な思考や知性において、技術を見せる事ができ、またそうする義務がある”
この言葉は、男女の役割の違いを示しています。イマーム・アリーと、イスラムの預言者の娘ファーティマの夫婦による、愛情と優しさにあふれた生活は、男女間の役割と義務の違いが、決して男女の間の優劣を示すものではない事をあらわしています。これについて、コーラン第4章、アン・ニサーア章、「婦人」第124節には、次のように述べられています。
“誰でも、正しい行いに励む者は、男でも女でも篤い信仰心を持つ人である。これらの人々は楽園に入り、いささかも不当に扱われることはない”
また、共同生活における夫婦の責務の1つは、物事の決定に際して必ず相談し合うということです。今日、物事の運営においては、決断こそがその最も重要な事柄だとされています。関係のある人々全員に相談し、彼らの意見が求められ、反映されたときに、論理的で正しい決断ができるのです。多くの事柄に関しては、夫婦が相互尊重の下に相談しあって決めるべき事だといえます。
イマーム・アリーは、自分勝手で独裁的な人は自らを危険に陥れる事になるとし、相談に勝る後ろ盾はない、としています。
また、現代人の生活においては、男女の活動がある程度似たものになり、決断する権利がどちらにあるのかが断定できなくなっています。確かに、過去においては夫の自宅外の活動や収入状況のすべてを把握し、物事の決定に関わりたいとする女性は非常に稀でした。しかし、現在では社会における女性の地位が向上し、生活面での全ての領域に女性が参加している事から、こうした男女の共同参画は現実のものとなっています。
心理学者の間でも、夫婦が互いに相談しあい、自分の意見を相手は大切にしてくれていると自分のパートナーに感じさせるゆとりを与えることが奨励されています。ある事柄を決定するのに、自分よりもパートナーのほうの意見がより好ましいものであれば、自らの決断について考え直してもよいのではないでしょうか。
私たちは、相談する事により、特定の事柄に関する相手の意見や能力、経験を活用でき、よりよい決断を下す事ができます。相手に相談し、その同意を得た上で決定すれば、仮にその決断が正しくなかったとしても、自責の念にかられることはなく、また相手から責められることもないはずです。ですが、生活上の全ての事柄を、相手に相談せずに全て1人で決めようとすれば、後で非常に重大な責任を負うことになるのです。パートナーに相談する事で、私たちの共同生活は、より実り多いものになるといえるでしょう。
次回もどうぞ、お楽しみに。