アボルヘイル(2)
前回お話しましたように、アボルヘイルは11世紀における、イラン北東部・ホラーサーンの偉大な神秘主義者です。彼は当時はイランの領域で、現在の中央アジア・トルクメニスタンの古代都市ニサに近い、ホラーサーン地域のミーハナ村に生まれ、81歳で死去しました。彼の廟は現在も、ミーハナにあります。さらに、彼は多くの師の下で当時の一般的な学問を学び、子供時代から神秘主義の道を歩んできました。研究者によると、彼自身の作とされる詩はわずかな2行詩のみで、それ以外はほかの詩人の詩であり、アボルヘイルは自身の言葉を説明するためにそれを使用したということです。アボルヘイルは、自分の思想を詩で著したイランの初の神秘主義者であり、彼のこうした栄光は、『神の唯一性の秘密』という著作に記述されています。
『神の唯一性の秘密』では、彼の言葉が伝えられているだけでなく、彼の行動についても多くの指摘が行われています。この本は、読者が彼の気高い人格の詳細について知るよう、導いています。この著作『神の唯一性の秘密』と、アボルヘイルについて書かれたその他の資料から、彼は、外向的な人物であり、人目を避けて隠遁生活を行い、他人の問題には無関心で自分ひとりで考えにふける人物ではなかったということが理解できます。アボルヘイルの神秘主義思想は現実的であり、楽観的です。彼は人々の中で生活し、あらゆる階層の人々と交流し、かれらと語り合っていました。多くの人々の間では、アボルヘイルは、人々とともにあり、彼らと交流していたと同時に、神のことを常に思い起こしていた神秘主義者の一人だと考えられています。これに関しては、彼の著作『神の唯一性の秘密』で多くの説明が行われており、次のように述べられています。
「人々が、師アボルヘイルに対して次のように語りかけた。『誰それは水の上を行き来する』 そこで、師はこのように答えた。「かえるや小鳥なら、水上を楽に移動できる。また、次のように語りかける人もいた。『これこれの人は空を飛ぶ』 師は答えた。『空を飛ぶことなら、鳥やハエでもできる』 さらに、ある人が次のように述べた。『一瞬のうちに町から町へと渡り歩く人がいる』 師は答えた、『悪魔は一息つく間に東から西へと渡り歩く。だが、このようなことは価値あるものではない。普通の人と同じように他人と交わり、眠り、食べ、市場で人々と取引を行い、人々に教え、しかも常に神を思い起こす人こそ、最も重要な人間なのだ』」
アボルヘイルは、社会のさまざまな人々と交流していました。13世紀の偉大な神秘主義詩人モウラヴィーによると、幸福な人々と不幸な人々の全てと付き合いがあり、すべての人を愛情深く見守っていました。彼はまた、ほかの宗教の信者や犯罪者に対しても親切に接していました。彼はこのような親切な対応により、彼らの心を変えさせることに成功し、愛によって彼らをよい人間に変えていました。これについて、『神の唯一性の秘密』では次のようにあります。
「当時、我々の師であるアボルヘイル師は、ネイシャーブールに滞在していた。ある日、彼は墓場を訪れた。師が到着したとき、酒を飲み、音楽を奏でている一団を見た。神秘主義者たちは神経をとがらせ、彼らを叱責し懲らしめるよう求めた。だが、師はそれを許可しなかった。師は彼らのそばに行き、『この世であなた方が喜びに溢れた生活をしているように、神があの世でもあなた方が喜びに溢れた生活ができるよう計らってくださるように』と語った。師のこの言葉にみな立ち上がり、師の馬の前に平伏し、酒を捨て、楽器を壊し、悔い改め、師の恩恵により皆善人となったのである」
研究者によると、アボルヘイルがほかの神秘主義者とは比較できないほどに突出して優れていた性質とは、喜びを否定せず、それを歓迎していたことです。なぜなら、彼は神秘主義者が喜びの中にあるときこそ、大切な時だと考えていたからです。伝承によれば、彼は何か悲しいことや嫌なことが起こった時には、悲しみを喜びに変えるための方法を考えたり、聖人の墓に詣でたり、砂漠や野原に行ったり、人々と会話を交わしていたということです。
アボルヘイルの性質で大変顕著なのは、彼がすべての人々に対して、愛と同情を持っていたことです。彼の貴重な著作『神の唯一性の秘密』を見てみると、彼の心配ごとや悲しみ(関心事)の全ては、人々抱える事情を調べ、彼らの苦しみを和らげることにあったと理解できます。人々が彼に、「生まれてから真理にいたるまで、どのくらい道のりがあるのでしょうか」と聞いたとき、彼は次のように答えました。「すべての存在物にとって、真理に向かう道が存在する。しかし、最も楽な近道は、イスラム教徒の心に喜びをもたらすことである。われわれは、まさにこの道を進んでいるのであり、この道をを守り、これをもってすべての人に対し忠告している」と答えました。
そのほか、アボルヘイルの特性には、欺瞞や偽善を遠ざけていたことが挙げられます。彼は誠実に生活していました。彼は、形式ばった人物こそ最悪の神秘主義思想家と考えていたのです。彼の弟子や親しい人々、町の人々はみな、常に彼の本当の人格を見ていました。彼は心の中で考えた通りに実行し、自分の行為を人に隠しませんでした。泣きたいときには涙を流し、男として人前で涙することを恥じたりませんでした。また、喜びを感じたときには、心からの叫びを上げ、他人がどう考えるかは気にしませんでした。心理学者はこのように感情や興奮を表に出すことは、心理的なプレッシャーを大きく軽減し、心の安らぎの原因となるとして、感情をずっと発露しない場合、身体、精神ともに損なわれるとしています。
また、自己中心的な思想を抑制していたことも、アボルヘイルの優れた性質のひとつでした。この性質は彼の道徳的な思想におけるもっとも大きな点で、彼の言動においても大変強調されています。基本的に、イスラム神秘主義思想の中心となるのは、己を見ないことにあります。アボルヘイルは自己の消滅(我を捨てる)という点でも、最も優れた人物でした。彼は、「私」という言葉を使わず、自身を「彼ら」という言葉に置き換え、三人称を使っていたほど、「私」や「われわれ」といった概念に辟易していました。
研究者によると、あらゆる嫉妬や欲望、穢れ、対立や嫌悪感は、エゴイスティックな思想や自惚れ、ナルシシズムに由来するということです。『神の唯一性の秘密』では、次のように記されています。「神と僕を分けるのは、天と地ではない。自己中心的な考えがその覆いとなっている。これを取り去り、神に到達すべきだ」
また、アボルヘイルが若い時代、苦行に励んでいた時には完全に内向的だったにも関わらず、その後、人生において驚くべき転換をとげ、完全に外向的になったことは驚くべきことです。これは、例外的なものとされますが、それは心理学者の観点では内向的、外向的な性質というのは、本質的な下地を持ち、この性質は幼少期から現れ、これを転換するというのはほぼ不可能であるとされているからです。アボルヘイルはこの時期の大部分を孤独に、人から離れて、修行と崇拝行為にいそしんでいたのです。
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