高慢な男と修行僧
昔々のこと。自分の地位を悪用し、人々を苦しめる男がいました。
男は人々を苦しめ、その苦悩する姿を見ては大いに満足する、そのような人間だったのです。彼に苦しめられたことのない人間は、町には一人も存在しませんでした。気の毒に人々は、男の地位の高さゆえに、そうした嫌がらせに抵抗したり、不平不満を口にしたりする勇気を持ってはいなかったのです。もはや誰も彼のすることに文句を言いません。なぜなら、抗議の声を上げたところで何ら状況は変わらないということを、皆、良く知っていたからでした。
そんなある日のこと。一人の修行僧がこの町へとやって来ました。この修行僧は、くだんの男の嫌がらせについて知る由もありませんでした。彼は哀れみ深い修行僧で、生まれてからこのかた、一匹のアリさえいじめたことはありませんでした。こうしてある日、修行僧が何も知らずに市場を歩いていると、その地位の高い高慢な男にでくわしました。男は修行僧の姿を見るとたいそう喜びました。なぜなら、嫌がらせをするための新しい対象を見つけたからです。
高慢な男はつぶやきました。
「この町では、ただの一人も、私の手から逃れられる者などいてはならない。誰もが私を見たら、恐ろしさで震え上がり、頭を垂れるべきなのだ」
そして男は地面から石を拾い上げ、おもむろに修行僧の頭に投げつけたのです。
修行僧の頭から血が流れました。修行僧は血の流れる頭に手を当て、突然のことに驚くしかありませんでした。そして、どうしてそんな酷いことをするのかと男に向かって抗議しようとしたとき、この出来事を見ていた周囲の人々にたちまち止められてしまいました。人々は口ぐちに修行僧に言いました。
「黙っていた方がいい。何もしない方がいいんだ」
人々はその男がどのような人物であるか、修行僧に話して聞かせました。修行僧は怒りを抑える以外に方法がないことを知ったのです。そして、次に彼が取った行動は、地面にかがみこんで、彼の頭にぶつけられた石を拾い上げ、それを自分のポケットに入れるというものでした。
人々をいじめる高慢な男は、修行僧の行動を不思議に思い、彼に尋ねました。
「その石をどうしてポケットに入れたんだ?」
修行僧は答えました。
「人を苦しめたことのない修行僧の頭を傷つけることのできる石は、こうしてしまっておかれるのが一番です。もしかしたら、いつか役に立つことがあるかもしれません」。
それを聞いた男は大きな笑い声を上げ、言いました。
「なんて愚かな修行僧だ!そんな石ころが何の役に立つというのだ」
人々をいじめる高慢な男が罪のない修行僧に石をぶつけた、その出来事から、数ヶ月が過ぎた頃のことでした。とうとう大きな出来事が起こりました。それは町の全ての人々を喜ばせるようなものでした。そう、時代がいつも同じままで過ぎていくとは限らないように、あの高慢な男が傍若無人に振舞っていた時代も、ついに終わりを告げたのです。というのも、高慢な男は王の御前でとんでもない失態を演じてしまったのでした。男にすっかり腹を立てた王は、彼に厳しい罰を下し穴の中に閉じ込めておくよう命じたのです。
こうして、高慢な男は穴の中に閉じ込められてしまいました。彼はその暗い穴の中で、自分がしてきた人々へのいやがらせの報いを見たのです。毎日、水とわずかな食料が入ったかごが、紐でつるされて、穴の中に届けられました。男は家族からも、人々からも目の届かない離れたところで、たった一人で過ごさなければなりませんでした。人々は、彼の暴虐に怯えることなく心穏やかに暮らせることに心から喜び、男が穴から出てくる日が二度とやって来ることのないよう、祈ったのです。
その日も、高慢な男は暗い穴の底に座って、これまでの自分の行ったことについて思いを巡らせていました。すると突然、上から石が落ちてきて、彼の頭に勢いよくぶつかりました。男の頭から血が流れました。暗い穴の中で、男は地面を手探りしながら、ようやくその石を見つけました。そして上を見て、大声を上げました。
「この石を私の頭にぶつけたのは誰だ? どうしてそんなひどいことをするんだ?」
男の呼びかけに答えるように上から声が降ってきました。
「私は人を苦しめたことのない修行僧です。これまで生きてきて、一匹のアリですら、いじめたことはありません」。
高慢な男はその答に驚いて尋ねました。
「一匹のアリもいじめたことのないお前が、どうして私に石をぶつけるんだ?」
修行僧は答えました。
「その石は、いつだったか、あなたが私にぶつけた、あの石です」
男は驚いて言い返しました。
「石?石って何のことを言っているんだ?私にはさっぱり覚えがないが」
修行僧は言いました。
「でも私はよく覚えています。それでは、あなたにも思い出させてあげましょう」
修行僧はあの日の出来事を男にひとつひとつ話して聞かせました。そしてこう続けました。「覚えていますか?あの時、私はこう申し上げました。『人を苦しめたことのない修行僧の頭を傷つけた石は保管されるのが一番だ』と。どうです?思い出しましたか?」。
男は言いました。
「ああ、思い出した。すっかり思い出したぞ。しかし、お前は一体、今までずっとどこにいたのだ?」
修行僧は答えました。
「あなたの地位と権力を恐れていました。でも今、あなたが穴の中にいるのがわかって、こんな貴重な機会はまたとやってこないと、あの時のあなたの横暴の報いにお返しをすることにしたのです。」