ライオンの難を逃れたウサギ
昔々のこと。広大な美しい大地に野生の動物たちが生活を営んでいました。
しかし、この美しい大地では、そこに住む動物たちと一頭のライオンとの間で、常に争いが絶えませんでした。なぜならそのライオンは、自分こそが「山と森と平原に君臨する全ての動物たちの王」であると考え、動物たちのものを横取りしたり、彼らに襲い掛かったり、傍若無人の限りを尽くしていたからです。
このようにライオンは、そこで生きる全ての動物たちを苦しめていました。とうとう動物たちは、この悲劇的な現状から逃れて、少しでも平穏な生活が送れるよう、究極の選択をすることに決めたのです。動物たちの代表がライオンのもとに赴いて、次のような提案を行いました。
「我らが王たるライオンよ。私たちはこれから、あなたが召し上がるエサを自分たちの中から選ぶことにしました。そして、それを毎日あなたの元に送り届けましょう。ですからこれ以上、私たちを追い回すのは止めてください。これからは、あなたの王者たる食卓を私たちの肉で飾ることができるのですし、同時に私たちも日々の苦しみから逃れることができるでしょう」
代表たちの提案を聞いたライオンはこう答えました。
「なるほど。だが私は、これまで多くの策略を目にしてきた。お前たちの約束なんて簡単に信用できるものか。」
しかし、ライオンはそこで思い直したのか、こう続けました。
「もしこの話が本当で、約束を守る決意があるというのなら・・・、よし、お前たちの申し出を聞き入れよう」。
ライオンの答に安堵した動物たちは言いました。
「王たるライオンよ。あなたは神を信じるべきです。神があなたのために決めた日々の糧に満足なさいますように。あなたに日々の糧を授けてくださるのは神なのであって、日々の生活のために努力するという口実で、邪道にそれたり、原則を忘れたりすべきではありません」。
ライオンは尊大な態度で答えました。
「神は私に強靭な手足と爪、牙を与えて下さった。だから日々の糧を得るためにそれを使って努力するのは当然だろう」
こうして、長い議論の後、キツネ、カモシカ、ウサギ、ジャッカルたちが、もうこれ以上、逃げたり、追いかけたり、争ったりする必要がないよう、自分たちの約束は必ず守り、毎日、えさをライオンの元に届けることを約束しました。
動物たちは最終的にこう決めました。
「毎日くじ引きをして、名前があたった者がライオンのえさになること」
それからは毎日、くじ引きが行われ、くじで当たった哀れな動物が、ライオンのもとに連れて行かれました。ライオンも、何の苦労もせず食べ物にありつくことができて大いに満足していました。そんなある日のこと、とうとうウサギの番がやってきたのです。
ウサギは、自分がライオンのエサになる順番が回ってきた時、どうにかして助かりたい、と強く思いました。しかし、ライオンに食べられることを受け入れないでいるウサギを見て、動物たちは彼を責めました。
「ライオンとの誓いを破るというのか?ライオンを怒らせるつもりか?」
そして口ぐちに、「ライオンが怒り出す前に、早く彼の元に行った方がいい」とウサギを説得しようとしました。
ウサギは言いました。
「ちょっと考える時間をくれないか。もしかしたら、自分のことも、君たちのことも、ライオンの圧制から救う方法があるかもしれない」
動物たちは言いました。
「一体どうするというんだい?そんな小さな体で、なんて大それたことを考えているんだ。君にはライオンをだますことなんてできはしない」
ウサギは何かインスピレーションを得たのでしょうか。自信ありげにこう言いました。
「神のおかげで分かったことがある。首尾よくいけば、ライオンの圧制から逃れることができる。君たちのことも救うことができる。偉大なる神は全知全能の存在だ」
動物たちは言いました。
「賢いウサギよ、どんな計画があるのか、私たちに教えてくれないか?」
ウサギは答えまし。
「どんな秘密も明かす、というわけにはいかない。どんな結果になるかまあ見ていてくれたまえ」
動物たちは、ライオンという暴君から逃れる術がある、とする自信に満ちたウサギの言葉を受け入れました。こうしてウサギは、森の中を長い間駆け続け、ようやくライオンの元に到着しました。ウサギは大急ぎでやってきたつもりでしたが、ライオンは既に、その日なかなかエサが届かないことにたいそう憤っていました。ウサギを見たライオンは大声で吠えると言いました。
「今日はウサギか。随分と遅かったではないか。お前のような小さなウサギが、私を苛立たせるとは、いったい何様のつもりだ?」
ウサギは息をはずませながら言いました。
「あぁ、大変申し訳ございません。少しお時間をいただけるのでしたら、どうか、私が遅れた理由をあなたに説明させてください。実は、私ともう一人、私よりもずっと太った友人は朝早く出発して、あなたのもとに来るつもりでした。今日あなたのエサとなるのはその友人でしたから。ところが、私たちは途中で別のライオンに襲われたのです。私たちはそのライオンに向かって、私たちは王様のエサだから、私たちを襲ってはいけないと必死に訴えました。するとそのライオンは言ったのです。『どこの王だと?お前たちも、それからそのお前たちの王とやらも真っ二つに引き裂いてやる!』と。そこで私は、王様に知らせるからしばらく時間をくださいとお願いしたのです。そのライオンは、それなら友人をここに置いていけ、お前ひとりで行ってこいと言ったので、私がそれをあなたに伝えにきたというわけなのです」
ウサギの話を聞いたライオンは言いました。
「そのライオンはどこにいるのだ?」。
ウサギはライオンを案内して、あらかじめ見つけておいた井戸の方へといざないました。井戸の近くまでやってきたとき、ウサギは足がすくんだように立ち止まってしまいました。ライオンはいらいらして尋ねました。
「どうしてそんなところで立ち止まっているんだ。早く案内しろ」
ウサギは震えながら言いました。
「あの獰猛なライオンは、この井戸の中で生活しているんです。私は恐ろしくて、傍に近寄るのも・・・、ああ恐ろしい!」
ライオンは自信たっぷりに言いました。
「怖がることはない。私の方がそのライオンよりも強いのだ。さあ、こっちに来て、そいつがお前の友人と一緒に井戸の中にいるのかどうか確かめてくれ」
ウサギはライオンの横に立ちました。そして、一緒に井戸の中を覗き込んだのです。二人が中を覗き込むと、立派なたてがみのライオンと震えているウサギが自分たちを見つめているではありませんか。それを見たライオンは、井戸の底にもう一頭のライオンがいて、自分のエサとなるべきウサギを横取りしたのだと思い込んだのでした。怒りに震えたライオンは隣にいるウサギには眼もくれず、あっと云う間に井戸の中に勢いよく飛び込んでしまいました。敵のライオンを倒し、自分への捧げものを取り戻すために。
こうして、ライオンは井戸に落ちて溺れ死んでしまいました。その後、動物たちは恐ろしいライオンに苦しめられることなく、仲良く、平和に暮らしたということです。