預言者ムーサーとカールーン
今回は預言者ムーサーとカールーンの物語をお届いたします。
彼は喜んでいました。自分が、預言者ムーサーと血縁関係であることが分かったのです。彼は非常に美しく男性であり、ユダヤ教の聖典を信じていました。しかし、彼の性質は、吝嗇と強欲にまみれていました。イスラエルの民が、長い間、迷いに陥っていた頃、彼はそんな民たちとは距離を置き、錬金術を覚えました。それからまもなく、彼はこの職業によって、莫大な富を得ました。たちまち、このカールーンと彼の富のことは、人々に広く噂されるようになりました。
人々が集まっているところで、誰かが言いました。「カールーンが羨ましい。彼は何の苦労もない楽な暮らしを送っている」
もう一人が心底、羨ましそうに言いました。「私たちもカールーンみたいに、あれほど莫大な富を持っていたらよかったのに。彼は神から多くの恩恵を与えられた」
そのとき、カールーンの性質についてよく知っている人物が、こう言いました。「カールーンの人生の表面的な部分だけをみて、羨ましがらない方がいい。信仰を持った人々への神の報奨の方が、ずっと優れた貴重なものだろう」
すると、誰よりも若い人物が、それに答えて言いました。「どうしたら羨ましがらずにいられようか?何でも、カールーンの金庫の鍵は本当に重くて、頑強な男性たちでも、それを運ぶのに疲れてしまうそうだ」
そのとき、カールーンが、高慢な態度で彼らのそばを通りすぎ、蔑むようなまなざしで彼らを見つめました。
カールーンの親戚や友人たちが、互いに話し合った後、カールーンの許にやって来て言いました。「カールーンよ、そのような現世の華やかさに浮かれていてはならないのを知っているか?神は決して、高慢で利己的な人間を愛されない。だから、神から与えられたものを、現世でも利用すると同時に、来世のための糧として使いなさい。善い行いをすべきである。あなたは神からこれほど多くの恩恵を授けられた。だから地上で堕落してはならない。神は堕落した者を愛されない」
カールーンは、こうした親戚や友人たちの言葉に耳を傾けようともせず、言いました。「私が今、金持ちになり、富を築いたのは、自分が得た知識によるものです。私は神から、このような恩恵や富を授かるにふさわしい人物と見なされたのです」
ある日、カールーンの召使いが彼のもとにやって来て言いました。「神の偉大な預言者ムーサーが、あなたに会いにやって来ています」 カールーンは、非常に尊大な態度で預言者を迎えました。それから、嘲笑的な微笑みを浮かべ、言いました。「何の用だね?」 ムーサーは優しく答えました。「なぜ、神に対して、罪の悔悟を誓うためのイスラエルの民の集会に参加しなかったのですか?」
カールーンは答えました。「私はあなたの祈りには何の用もありません。私は自分で自分の道を見出しました」
ムーサーは、カールーンの心中で、富や財産への執着心が強くなりすぎ、その結果、彼が独占欲の強い利己的な人間になってしまったこと、彼には自分の富を、わずかでも他人に施す気持ちがないことを知りました。預言者ムーサーは、深い悲しみに沈みながら、カールーンの宮殿を後にしました。そのとき、カールーンの指示によって、汚れた水と灰が、ムーサーの頭と顔にかけられました。こうして、ムーサーに対し、最もひどい侮辱と反抗が行われたのです。
人々は驚き、恐れを抱きながら外に出て来ました。何が起こったのかは誰にも分かりません。一人が叫び声を挙げました。「カールーンも、彼の富も跡形もなく消えてしまった」
神は大地を預言者ムーサーに預け、ムーサーもまた、大地に対し、カールーンとその仲間たちを飲み込むように求めたのです。カールーンは責め苦に巻き込まれました。そしてそのとき、彼を助けるものは何もありませんでした。
それまでカールーンの富と地位を羨ましがっていた人々は、口々に言いました。「私たちは何と愚かなことを考えていたのだろう。私たちがカールーンのようにならなかったことを神に感謝しよう。神はどうやら、毎日ひとりずつ、僕たちの中から誰かを選び出し、その人に幸福や災難を届けているようだ。本当に、神の恩恵がなかったら、私たちも大地の中に沈んでいたことだろう」
コーラン第28章アルゲサス章物語、第78節には、これについて次のようにあります。
「彼は知らなかったのか。神が彼以前にも、幾世紀もの間、彼よりもずっと力強く、豊かであった人々を、その傲慢さゆえに滅ぼしたことを」
それからコーランは、アルゲサス章の第83節で、このように結論付けています。
「我々はこの来世の住まいを、現世で自分が人よりも優位に立ちたいと思わず、また堕落も望まないような人々のために作った。良い結末は、そのような敬虔な人々のものである」