10月 07, 2019 15:27 Asia/Tokyo
  • アブー・バクル・シェブリーの墓
    アブー・バクル・シェブリーの墓

9世紀から10世紀にかけての偉大な神秘主義思想家、アブー・バクル・シェブリーについてお話しすることにしましょう。

シェブリーは自身を、「最も小さな創造物」としていました。彼は861年、イラクのバグダッド、もしくはサーマッラーで生まれたとされています。彼の一族は、もともとイラン北東部から中央アジアにかけての地域である、ホラーサーン、マーワラーアンナフルと呼ばれていた、シルダリア川からサマルカンドまでの一帯に位置するシェブリーイェという村の出自だったということです。12世紀の地理学者ヤーグート・ハマヴィーなどの記述では、彼がシェブリーと言う名前で知られている理由は、シェブリーイェと呼ばれるこの地域に関係があるからだとしています。

シェブリーの父は、アッバース朝のカリフ・ムウタスィムの侍従長でした。シェブリー自身もアッバース朝で侍従長として成功し、その後現在のテヘラン東部、ダマーヴァンド地方の長官となりました。伝えられるところでは、彼は神秘主義の道に入る前、すなわちダマーヴァンドの長官だった時期、バグダッドから手紙を受け取り、イラン中部一帯に当たる、レイ地方の総督と共に、この手紙を携えてバグダッドのカリフに会いに行き、その際、カリフは彼らに褒美として衣服を与えました。シェブリーは帰途に着く際、くしゃみをし、顔と鼻をカリフから賜った服でふきました。そのときの彼の行動はカリフの耳に入り、カリフはこれに怒り、服を返させ、彼を追放したということです。

彼はこの出来事で警告を受けたことから、このように考えました、「もしカリフからもらった服を手ぬぐいのように使った人物は罰せられる。もし、神からたまわった服を手ぬぐいとして使えば、どうなるのだろう」。伝えられるところでは、シェブリーはすぐにカリフのところに引き返し、次のように申し上げたということです「カリフよ、あなたは神の僕の1人に過ません。あなたが)自分の衣服を尊重するのはほめられたことではないが、無礼な扱いを受けるのもお好みにはならない。なぜなら、あなた様のお召し物の価値は、全ての人にとって明らかなもの。あなた様には是非、世界の創造主なる神が自らの叡知と友情により、私に衣服を与えられたのであること、神は決して私がそれを手ぬぐいのような価値のないものにするのを良しとしない、ということを知っておいていただきたい)」と語りました。

シェブリーはこう語った後、そこを立ち去り、イランの有名な神秘主義哲学家ジョネイードに会いに行き、彼の弟子のひとりとなりました。一説によると、シェブリーは6歳を過ぎてから、あるいは他の説によれば14歳でジョネイードの弟子となりました。ジョネイードははじめ、彼を弟子として受け入れませんでしたが、托鉢、つまり日本で言うところの乞食をおこない、しばらくの後に彼を弟子として受け入れいました。ジョネイードはダマーヴァンドの人々に赦しを乞い、弟子たちの使い走りをするよう、彼に勧めました。

12世紀から13世紀の神秘主義詩人アッタールの『神秘主義聖者列伝』には、シェブリーはジョネイードに会いに行き、次のようにたずねたとされています。「神を知り、神に近づく秘密というあなたの宝、これを私に与えることができますでしょうか、それとも売ってくださるのでしょうか」 これに対して、ジョネイードは次のように答えました。「もし、私が売りたいと思っても、お前にはその代価を払うことは出来ない。また、もしそれを私が恵むのなら、それは簡単だが、その価値をお前は知らない。それはちょうど、海に潜って海の底に沈んでいる宝をさがすようなものであり、お前も神を知りこれに近づくためには、忍耐と修行が必要だ。至高なる神を認識し神に近づくための秘密を手に入れるには、取引をすることが必要だ」 シェブリーがそれを受け入れると、ジョネイードは「はじめに、1年間托鉢を行うように。それ以外のことをしてはならない」と語りました。

シェブリーは1年間バグダッドを回りましたが、だれも彼を支援しませんでした。彼はジョネイードの元に戻り、この期間の出来事を彼に伝えました。すると、ジョネイードは次のように語りました。「今、お前は自分が人々にとって何の価値もないことを理解した。だが、己の価値を知りなさい。そして、彼らに心を傾けることなく、また関心を向けたりしないよう」と語りました。そして、ジョネイードはシェブリーがダマーヴァンドの総督だったため、ダマーヴァンドの人々のところに行き、彼らに許しを請うよう、課題を出しました。シェブリーは、人々の家を1軒1軒訪ねまわり、彼らに赦しを請いました。また、シェブリーは所有者のいない家に住み、この人物の意向により、10万ディルハムを支出しました。

シェブリーは4年後、ジョネイードの元に戻りました。ジョネイードは、シェブリーに野心がある様子が伺えたため、もう一年托鉢に送り出しました。シェブリーは、托鉢で得たものを毎日ジョネイードに与えたり、托鉢僧たちに分け与えたりし、夜は空腹のまま眠りについていました。1年後、ジョネイードは付き従うことを条件として、シェブリーを弟子として許可しました。シェブリーはこれを受け入れ、1年間辛抱強くジョネイードの弟子に仕えました。ある日、ジョネイードはシェブリーに対して、自身についてどう思うかを聞きました。シェブリーは「私は、神の創造物でもっとも小さな存在です」と述べました。ここで、ジョネイードは彼の信仰心を確信し、彼を最高の神秘主義者の王であると名づけたのです。

ルーズバハーン・バグリーは、他にも複数の巨匠たちをシェブリーの師としています。また、一部の人々は、シェブリーをイランの著名な神秘主義思想家、ハッラージの弟子だったとしています。神秘主義思想を専門とするザッリーンクーブ教授は自著『イラン神秘主義研究』で、シェブリーは表面的には宗教法に反する言葉により、ハッラージの言葉や教えを伝えていたとしています。シェブリー自身も、自分の信仰がハッラージの思想と同じだと指摘し、自身の狂気は彼が救われた理由となり、また、ハッラージの知性は、ハッラージ自身が殉教した原因だとしていました。

シェブリーは多くの弟子を教育しましたが、イランの高名な詩人ジャーミーなど、一部の研究者は、アボルハサン・ホスリーだけがシェブリーの実質的な弟子だったとしています。ジャーミーによれば、シェブリーはホスリーを自分のような狂気に触れた人物だとして、彼を永遠の親友だとしていたということです。アッタールの『神秘主義聖者列伝』では、シェブリーは弟子たちに対して、悔悟し、何も持たずにメッカ巡礼を行うよう要求するなどの形で接していたとされています。シェブリーはイスラム暦334年、あるいは335年に87歳で死去しました。彼の廟はバグダッドにあります。

シェブリー自身による著作は現存していませんが、彼の言葉や指摘、深遠な訓話や詩は、いくつかの手記に記されています。シェブリーの言葉や逸話に関する、信用ある資料のひとつはアッタールの著作です。アッタールは『神秘主義聖者列伝』の一部で、シェブリーの生涯や神秘主義思想家における地位を説明し、『鳥の言葉』では、シェブリーに関する逸話についての韻文を記しています。13世紀の有名な神秘主義思想家イブン・アラビーも、自著の中でシェブリーと対話をしたと述べており、著作『メッカ啓示』でも、彼の逸話や言葉を伝えています。また、カーメル・モスタファー・シービーという人物は、シェブリーの散逸した詩を集大成しています。

研究者は、シェブリーがイランのイスラム神秘主義の歴史の中で、4つの点で優れた存在だと考えています。ひとつはバーヤズィード・バスターミーなど、高い地位にあるイランの神秘主義者と同じように、愛を大変強調し、愛の神秘主義者の指導者の一人とされています。アッタールによると、礼拝などといった人間の努力によってではなく、神自身が自分の方向に人間を惹きつけるものでなければならないと考えています。しかし、ジョネイードとその弟子たちは、神が人間を惹きつけるためには、まずその僕である人間の努力が必要である、と考えているのです。

2つ目の点は、彼の異常な行動は、狂気に陥った人の理性とされており、次のように記されています。「彼はしばしば強い恍惚により、しばしば狂気に陥り、医療施設に運ばれた」 イブン・アラビーは『メッカ啓示』の中で、彼の状態を8世紀の学者バハルールと比較しています。

第3の特徴とは、表面的には冒涜的な神秘主義的な言葉を用いていたことです。崇高な神に対する彼の大きな愛や、その愛による自我の忘却によって、彼は英知ある事柄を説明するのに、複雑で難しい表現を用いていました。シェブリーのこの言葉は、セラージやバグリーの著作の中に集められており、その解釈が行われています。

11世紀の神秘主義思想家フジュヴィリーの著作によると、シェブリーはこの言葉や指摘により、驚くべき神秘主義者だとされています。ザッリーンクーブ教授は、次のように考えています。「シェブリーの神秘主義的表現は、時にはバーヤズィードやハッラージよりも大胆だったが、彼の縛りのない狂的な詩的表現は、シーア派や政治体制の反対者と何の関係もないように見えなかったため、ハッラージのように殉教することなく、命の危険がないまま、危害を受けずに済んだのである」

つまり、シェブリーの優れた特徴とは、ほかの著名な神秘主義者とともに、ペルシャ語による神秘主義的な韻文が出現し、拡大する下地を作りだしたことです。

 

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