預言者の娘ファーティマの殉教に寄せて
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預言者の娘ファーティマの殉教に寄せて
イスラム暦ジョマーディオッサーニー月3日にあたる29日水曜は、預言者ムハンマドの娘でシーア派初代イマーム、アリーの妻であったファーティマの殉教日です。
それは、預言者ムハンマドがこの世を去ってからわずか数ヶ月という時でした。父親を失った悲しみにより、ファーティマは落ち着きと平穏を失い、また預言者亡き後の出来事に心痛めていました。父親のいない悲しみの日々は終焉を迎え、今やファーティマ自身が病床で臨終を迎えていました。
ファーティマの心を鎮めていた唯一のものは預言者が残した次のような約束でした。預言者はこの世を去る際に、ファーティマに次のように告げたのです。
“わが娘よ、そなたは誰より早く我の後に続いて、我のもとに至るであろう”
ファーティマは、現世での最後の夜、夢の中で次のようなお告げを聞きました。
「私のもとに来るがよい。私は、あなたが来るのを待ち焦がれている」
そして、ファーティマ自身も夢の中で次のように答えていました。
“神に誓って、私はそれ以上に、あなた様のおそばに参りますことを渇望しております」
父は、その夢の中でファーティマに吉報を告げました。
”そなたは今夜、私のところに来る事になるだろう”
いよいよ最期の時を迎えると、ファーティマは夫のイマーム・アリーを枕元に呼び寄せ、涙に暮れる彼に向かって次のように告げました。
“わが夫よ。私の命はもう長くはありません。この世を去るにあたって、いくつか遺言しておきたいことがございます”
そこで、イマーム・アリーは次のように返しました。
“何でもお前の望む事を述べるがよい。お前との別離は、私にとってあまりにも辛い。お前を失うことは、これ以上ないほど痛ましく悲しい大惨事である”
それから、2人はさめざめと泣き崩れました。イマーム・アリーは、ファーティマの頭(こうべ)を胸元に寄せ、次のように告げました。
“何でもお前が望む事を言ってほしい。我はそれを実行し、わが事よりもそなたの言いつけを優先させよう”
これに対し、ファーティマは次のように述べました。
“我が目を閉じ、永久の眠りについたならば、夜のうちに私を葬ってください”
聖なる町メディナは、夜を迎えていました。辺りは暗黒の闇に包まれ、至る所に悲しみが満ちていました。イマーム・アリーは安穏としていられず、子供たちも落ち着きをなくしていました。イマーム・アリーはファーティマの亡骸を現世の最後の住処へと運びました。自らの生き抜いた時代の冷酷さによる苦痛を味わい、父亡き後も謙虚に人生を全うしたファーティマは、遂に父親の待っている天国へと旅立ったのです。
預言者の血筋をひくイマーム・アリーは、断腸の思いで、シーア派2代目イマーム・ハサンと3代目イマーム・ホサインの生母である我が妻を葬りました。そう、イスラム世界で最も優れた女性であり、預言者の家系の中の光り輝く宝でもあり、地上で最も慈愛に溢れた天使が殉教したのです。
イスラムの預言者ムハンマドは、娘のファーティマを人間の形をした天使と呼んでいました。ファーティマがその場に入ってくると、父である預言者は彼女の前に立ち、彼女に接吻し、彼女の手をとり、自らの場所に座らせたものでした。また預言者は、旅先から戻ると、いつもファーティマの許に駆け寄り、わが娘は天国の香りを漂わせている、と語ったとされています。
預言者ムハンマドは、出かける際には一番最後にファーティマに別れの挨拶をし、旅から戻ると真っ先にファーティマに会うのが常でした。彼は、誰を一番愛しているかと問われると、わが娘のファーティマだと答えました。それもこれも、ファーティマが礼節と敬虔さという理念の中で人間として、また女性として最も完成度の高い水準に成長していたことによるものでした。

ファーティマが、一般の人々にはないメリットや人徳を有していたのは、単に彼女がイスラムの預言者の娘であったことだけが理由ではありません。彼女が人々から敬愛されていたのは、倫理的に優れたその高潔な精神と天性にほかなりません。ファーティマは、その短い生涯において、年若いうちに精神性や学識、人間性の面で神の預言者やイマームたちに等しい水準に達した女性であり、世界の全ての女性の主というべき存在なのです。
イスラムの先駆者たちは誰もが、この偉大なる女性を特別に敬慕し、賞賛しています。預言者の娘ファーティマ以上に偉大な存在として敬慕されている人物は、きわめて少ないといえます。
イラン・イスラム革命最高指導者のハーメネイー師は、偉大なるイスラムの女性・ファーティマの気高さについて、次のように述べています。
「イスラムは、神々しく卓越した存在としてのファーティマを、女性たちの模範であるとしている。この偉大な女性の生き方、神の道における努力や戦い、学識、残した言葉、自己献身ぶり、妻や母親としてのあり方、さらには政治や軍事、革命といった現場の全ての只中に存在していたこと、そして彼女が全ての面において卓越していたことには、大人物とされる男性さえも恐れ入るものである。これもひとえに、彼女の持つ気高さ、神の前にひれ伏す謙虚さ、彼女の礼拝や祈祷、神々しさに溢れた本質、精神的な要素の輝かしさ、また彼女が預言者や信徒の長イマーム・アリーに等しい存在であることによるものである。これぞ、まさしく女性であり、イスラムが作ろうとしている女性の模範に等しい」
ファーティマは、家庭という愛情の中心の場において、最も見事な役割を果たしました。彼女は、家庭を運営、切り盛りする責任ある人間としての役割を担ったのです。この偉大な女性は、家庭の体制を整え、歴史上の全ての時代に燦然と光り輝き、インスピレーションを与えているのです。
ファーティマの家庭の中には、無明や偏った考え方、不当なこだわり、利己主義などの兆候や痕跡は全く見られません。彼女は、全身全霊をかけて配偶者であるイマーム・アリーに愛情をささげ、思いをはせています。また、敬愛の情をもって自らの子供たちを育て、親しみを込めて彼らに語りかけていました。こうした家族関係には、人間としての尊厳や謙虚さ、特別な礼節が見て取れます。
ファーティマの息子で、シーア派2代目イマームであるハサンは、次のように述べています。
“現世において、わが母なるファーティマより信心深い人間はいなかった。母ファーティマは、両足が腫れるほど、礼拝のために立ち尽くしていた”
イマーム・ハサンは、さらに次のように述べています。
“ある金曜日の前の夜のこと、母ファーティマが夜明けの光が差してくるまで、礼拝の方向を示す壁がんのところに立って礼拝をしているのを見た。また、信徒たちのために母が祈祷をささげ、彼らの名を読み上げていたのを聞いたことがあるが、自分のためには祈祷しなかった。私は母に、「なぜ他の人のために祈祷をささげるのに、自分のために祈祷しないのか」と尋ねた。すると、母は次のように答えた。「わが息子よ、まずは隣人、それから我が家のことを考えるのが筋道である」”
預言者の娘ファーティマの殉教に哀悼の意を表しつつ、今回の番組を締めくくりたいと思います。
