May 31, 2018 23:05 Asia/Tokyo
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    聖典コーラン

今回は、コーラン第41章フォッスィラト章解明をお送りします。

慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において

 

フォッスィラト章解明はメッカで下され、全部で54節あります。

概して、この章では、コーランの偉大さとその内容に偽りがないこと、この天啓の書物に対する敵の頑なな拒否、創造世界における神の力のしるし、以前の反抗的で高慢な民の運命、最後の審判で人間の体の各部分が証言を行うことなどが述べられています。

 

歴史にあるように、神の預言者ムハンマドは、常に多神教徒の偶像を否定し、彼らのためにコーランを読み上げ、彼らを唯一神信仰に導こうしていました。しかし彼らは、「このコーランは単なる詩だ」と言ったり、また、「これは占い、予言だ」と言ったりしていました。アラブの長老の一人にワリード・モガイラという人物がおり、アラブの人々は揉め事があると、彼に調停や意見を求めていました。時には彼のもとに詩を送り、優れた詩を選んでもらっていました。ある日、クライシュ族の長老の一人であるアブージャハルが彼のもとにやって来て、「ムハンマドの言葉に関してどう思うか?」と尋ねると、ワリードは、「彼の言葉を聞いてから、自分の意見を言おう」と言いました。ワリードは預言者のもとを訪ね、あなたの詩の一部を私に読んで聞かせてほしい、と言うと、預言者は、「私が言っていることは詩ではなく、神の言葉である」と言いました。ワリードは、ではその一部を私のために読んでほしいと言いました。預言者はそのとき、フォッスィラト章の朗誦を読み上げ、第13節まできました。

 

「彼らが背を向けたのなら、言え、『私は、アードやサムードの民を襲った稲妻が、あなた方にも襲い掛かることを警告する』」

 

ワリードは、この節を聞くと震え上がりました。それから立ち上がり、クライシュ族のもとには行かずに家に帰りました。アブージャハルは彼のもとに行き、あなたもムハンマドの教えに魅了されたのかと尋ねました。それに対し、コーランの節にすっかり魅了されていたワリードは、こう答えました。「そうではない。だがムハンマドから聞いた事柄は、人間の言葉にも、妖精の言葉にも似ておらず、独特の魅力があった。もしコーランの影響力を退けたければ、預言者は魔術師だと言えばいい。この書物は人々の心を魅了するだろう」

これと同様の数々の出来事は、コーランが反対者にさえも強い影響を及ぼしたことを示しています。

 

 

フォッスィラト章の第1節から4節には次のようにあります。

 

「ハー・ミーム。これは慈悲深い寛容な神から下された書物である。この書物は、明白に語られた節があり、アラビア語のコーランで、見識ある人々のためのものである。この書物は、吉報と警告を与える。だが、彼らの多くは背を向けた。そのため、[コーランの響きを]聞こうとしない」

 

 

この章の初めの数節は、コーランの偉大さに触れ、「この書物は、慈悲深い神から下されたものである」とし、その後でこの書物のいくつかの特徴を述べています。それらの特徴は、コーランの真の姿をはっきりと描いています。この書物は、人々の導きと成長に役立つような事柄すべてについて、あいまいな点を残すところなく、詳細に述べています。

 

コーランは、雄弁な書物であり、真理を正確かつ魅力的な表現によってうつしだしています。さらに吉報と警告を与え、善行を行った者には吉報を、罪を犯した者には警告を与えています。コーランでは、吉報と警告の2つが共に表されています。残念ながら、多くの人はそれに背を向け、多くの真理の言葉を聞こうとしません。

 

 

フォッスィラト章で、神は天と地の創造における自らの知識と偉大さのしるしを述べ、不信心者の理性と良心に判断をゆだねています。そして、預言者に対し、多神教徒に、「この広大な世界の源である神を否定することができるのか」、「地球を2日で創造した方を信じようとせず、神に別の存在を置くのか」、と尋ねるよう求め、神は世界の創造主であり、崇拝に値する唯一の存在であり、世界の創造と支配は神のものであるとしています。

 

フォッスィラト章の第10節は、山の創造と大地の恵みに触れ、次のように語っています。「神は大地に山を据え、そこに多くの恩恵を創造した。地下や地上の資源、木々、小川や水資源を現し、すべての生き物が利用できるようにした。神は地上の人々のための日々の糧を4日間のうちに定めた。それはすべての人にとって十分である」

 

実際、神はすべての創造物に必要なものを考慮し、彼らのために必要なものを創造し、そこに不足は一切ありません。コーランは、フォッスィラト章の第11節で次のように語っています。

 

「それから、煙のような状態であったものから天を創造した。そして天と地に向かって命じた。『好むと好まざるとにかかわらず、やって来なさい』 彼らは言った。『私たちは命に従って行きます』」

 

この節によれば、天の創造の始まりは、大きなガスの塊でした。創造の始まりに関する人類の科学的な研究も同じ結果に至っています。その後神は、天と地に対し、生まれて形を作るよう命じました。こうして神の意志により、天と地が形成されたのです。

 

フォッスィラト章の第12節は、「それらを、2日間で7層の天にし、それぞれの層に命令を下し、しかるべき秩序を与えた。そしてそれぞれに独自の措置を施し、秩序と創造物を定めた」とし、続けて、次のように語っています。

 

「我々は天空を、明るい星で飾った」

 

これは、神の力と知識、偉大さのしるしです。

 

コーラン解釈者によれば、7つの天が2日間で創造されたことは、天の創造に2つの時期的区分があったことを示しています。そしてそれらの期間はそれぞれが数百万年、あるいは数十億年という長い期間となっています。この節から分かるのは、創造世界が7つの層でできていることです。私たちが目にする星は第一層にあり、人間はその空だけを目にすることができます。星は空を飾り、人間にとっては、天からぶら下がり、その輝きによって唯一神信仰を響かせているランプのように見えます。それらは暗い闇を照らすランプのように、迷った人に道を示します。

 

フォッスィラト章は、最後の審判について述べた節により、多神教徒たちに警告を与えています。最後の審判の日、人間の全身、皮膚でさえも言葉を発し、その人の秘密を明らかにします。そのため、罪を犯した人は深い恐怖に包まれます。これについて、コーランは、フォッスィラト章の第21節で次のように語っています。

 

「彼らは体の皮膚に向かってこう言う。『なぜ私たちに反対する証言を行ったのか?』 するとそれらは答えて言う。『神はすべてのものを語らせるようにし、私たちにも語らせている。神は最初にあなた方を創った。あなた方は神へと帰される』」

 

多神教徒の長老たちは会合を開き、「ムハンマドの物語りや言葉は、すべての人を魅了している。コーランの広がりを防ぐための方法を考えよう」と言いました。彼らは、堕落した娯楽施設を広め、多くの人をひきつけるために、集会で人々を惑わせるような物語りや伝説を語ることにしました。こうして、預言者がメッカでコーランの節を読み上げるたびに、多神教徒は、その真理の言葉が人々に伝えられるのを防ぎ、人々を預言者から遠ざけるため、「音を立て、大きな声で詩を読み、とにかく騒ぎ立てて彼を圧倒するのだ」と言いました。

 

フォッスィラト章の第26節にはこのようにあります。

 

「不信心者たちは言った。『このコーランを聞いてはなりません。それが読み上げられたら騒ぎ立てなさい。そうすれば圧倒できるでしょう』」

 

それに対し、神は第27節と28節で、このように言った不信心者たちに痛ましい責め苦を警告しています。現在も、敵たちは大規模な形で真理に抗っています。彼らは真理と正義の言葉を消すために周囲の環境を混乱させ、誰にもその言葉が聞かれることのないよう、騒ぎを起こしています。しかし、コーランは1400年以上も前から、その深い知識と節により、さまざまな時代の人々を幸福と救済へと導いています。

 

フォッスィラト章の第41節と42節では、コーランがどの時代にも永遠に存続することに触れ、非論理的な不信心者に対する警告の形で、次のように語っています。「このコーランが彼らのもとに下った後、それを信じなかった者たちが我々の眼を逃れることはない」

その後、コーランはこのように加えています。「明らかに、この書物は崩されることのない貴重なものである。これと同じものをもたらすことは誰にもできない。この書物は類まれなるものであり、明白かつ確かな理論、知識と根拠に基づき、人類の真のニーズに調和した教えである」

 

フォッスィラト章の第42節を見てみましょう。

 

「前からも後ろからも、コーランに偽りの内容が入り込む隙はない。それは称賛に値する英明な神から下されたものである」

 

 

偽りの内容がコーランに入り込む隙はありません。コーランは、その内容に矛盾もなければ、誰もその真理を無効にすることはできません。またその知識や法則のすべてには根拠があり、言葉が省略されることも、加えられることもありません。このように、コーランは、あらゆる無意味な内容や矛盾を免れているのです。