12月 24, 2021 03:55 Asia/Tokyo

皆様こんにちは。このシリーズでは、イランで実際に使われているペルシャ語の生きたことわざや慣用句、言い回しなどを毎回1つずつご紹介してまいります。

今回ご紹介するのは、「貪欲な人間の目は満たされず、阿古屋貝は精神的に満ち足りるまで真珠一杯に満たされることはない」です。

ペルシャ語での読み方は、Kuuze-ye cheshm-e hariisaan por nashod,taa sadaf qaane' nashod por dor nashod となります。

これは、イランの著名な神秘主義詩人モウラヴィーの詩の一篇に出てくるもので、特に人間の物欲について、欲深い人間はどこまでもほしがり続け、その欲望が満たされることはない、という概念を意味しています。なお、この表現の後半部では、人間を阿古屋貝に例えており、また人間が精神的に豊かになり、自己完結することを真珠に例えています。

特に物欲が盛んな人は、今自分が持っているものや今あることに飽き足らず、もっと欲しい、まだ足りない、と欲望を募らせていくものですが、このような人は本当の意味で満足することがないと思われます。

モウラヴィーがこの詩の中で述べているように、物的な豊かさではなく、心の内面や精神面での豊かさ、そして自己完結を目指し、人間としての本当の満足の境地に到達できるようにしたいですね。それではまた。

 

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