過去の抗議行動に参加できなった女性が、友人の記憶胸に新米基地建設に抗議
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新基地建設に対する抗議行動
1995年の米兵暴行事件に抗議する県民総決起大会に、当時参加できなかった女性が、米兵からの暴行の被害を受けた友人の記憶を胸に、新基地建設に対する抗議の決意を新たにしています。
今月21日で、1995年の米兵暴行事件に抗議するために集まった県民総決起大会から満25年を迎えます。
沖縄県の地方紙・沖縄タイムスによりますと、当時複雑な感情から大会に参加できなかったうるま市のこの女性(67)は、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブのゲート前に立ち、これまで秘めてきた過去の記憶を胸に、沖縄の未来を願いながら「暮らしを守るため」と抗議を続けています。
この女性が定時制高校に通っていた50年前のある日、帰りの遅い友人を、家の外で待っていたところ、午後9時半ごろその友人は服の一部が破れ、腕に擦り傷を受けた状態で帰ってきました。
この女性は、その友人が通学路で米兵に体をつかまれ、偶然人が通り掛かり男が逃げたこと、殺されると思ったことなどを聞かされますが、それ以降はその話を自分の胸1つに納め、そのまま長い年月が流れます。
その後、自分が母になったことをきっかけに、あの事件が自分の家族に及んだら、という気持ちが芽生え、再発は許されないと思い始めたものの、25年前の県民大会への参加には二の足を踏んでいました。
しかし、その後も米兵の事件は繰り返された上に、2013年12月には米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設の埋め立て申請が承認されたこともあり、また学生時代のあの記憶や家族の存在にも後押しされ、「基地を抱え続ければ、また事件が起きるかもしれない」との思いから、60歳を迎えたこの女性はあえて辺野古に向かうようになります。
この女性は、週に1度のゲート前通いを続けて7年経った現在、後を絶たない米軍関係の事件事故に不安といら立ちが募らせ、未来を案じるとともに、暮らしや命を守り子供たちに顔向けできるよう、今後も基地建設や米兵の犯罪への抗議の意をアピールしていくことを決意しています。
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