コーラン第28章アル・ゲサス章物語り(1)
今回からは、コーラン第28章アル・ゲサス章物語りをお送りします。
慈悲深く、慈愛あまねき、神の御名において
アル・ゲサス章では、預言者ムーサーの生誕、幼少期、青年期、結婚、預言者の任命、唯一神信仰への導き、フィルアウンとの闘争について述べられています。
アル・ゲサス章は、コーランの28番目の章で、イスラムの預言者ムハンマドがメッカからメディナに移住する前に下されました。この章は全部で88節あります。
アル・ゲサス章の最初の数節は、抑圧された人々のための公正に基づいた統治の確立と、圧制者の栄光の滅亡を知らせています。それは、安心を与え、活力を生み出すものです。アル・ゲサス章の第5節と6節には次のようにあります。
「また我々は、地上で圧迫され、弱められた人々に恩をかけ、彼らを[地上の]後継者、指導者にしようとした。また彼らに地上で権力と財力を与え、フィルアウンとハーマーン、その軍勢に、彼らが恐れるものを示そうとした」
この2つの節は、イスラエルの民に対するフィルアウンの圧制について述べた第4節の後にきていますが、イスラエルの民の虐げられた人々と圧制的なフィルアウンたちだけにあてはまるものではありません。そのメッセージは一般に向けたもので、歴史を通しての被抑圧者全てに救済の希望を与えるものです。またこの2つの節は、真理の偽りに対する勝利、信仰の不信心に対する勝利を明らかにしています。それは、公正な統治を求める全ての自由な人間にとって、圧制の終結を知らせるものです。
この神の意志が実現した一例が、フィルアウンの統治体制が衰亡し、イスラエルの民が権力を握ったことでした。さらにより完全な例は、イスラムが出現した後で、預言者とその教友たちの統治体制が確立したことです。彼らは常に、頑なな多神教徒から侮辱され、誹謗中傷を受け、圧制下に置かれていましたが、神はイスラム教徒を通して、圧制者たちを権力の座から引き摺り下ろし、代わりにイスラム教徒に権力を握らせました。また、これよりも幅広い例は、シーア派で救世主とされる12代目イマーム、マハディによる公正と正義の世界統治の確立です。アル・ゲサス章の第5節と6節は、この偉大な救世主が出現し、将来、そのような公正な統治が確立されることを明らかに示しています。
アラビア語で、「弱められた人々」を意味するモスタザアフという言葉は、弱いを意味する単語からきています。弱められた人々とは、もともと無力で弱い人々のことではなく、誰かによって弱い立場に陥れられ、抑圧された人のことを言います。その人は、潜在的な能力を持っていますが、圧制者によって圧力を加えられています。それでもなお、手足を縛る鎖に対して黙って屈したりはせず、常に、圧制者に抵抗し、真理と公正の教えを確立しようと努めます。神はそのような人々に対して、地上における統治と援助を約束しています。
アル・ゲサス章は、力強い敵たちがイスラム教徒に敵対していた状況の中で下されました。敵は、数や力の上でイスラム教徒に優っていました。少数派のイスラム教徒は、多数派である多神教徒の圧力を受けており、イスラムの将来が危ぶまれていました。このような状況は、フィルアウンの圧政下にあったイスラエルの民の状況と非常に似通ったものでした。そのため、この章の一部は、預言者ムーサーとフィルアウンの物語で構成されています。
アル・ゲサス章の第3節から46節までは、預言者ムーサーの人生について様々な角度から述べています。実際、コーランは、虐げられた人々の抑圧者に対する勝利の例を挙げるために、ムーサーとフィルアウンの物語を取り上げています。この物語は、預言者ムーサーが、生涯で最も弱い立場にあった時代、つまり生まれたばかりの頃から始まっています。反対に、フィルアウンはその頃、権力や可能性の点で、人生で最高の状態にありました。そのため、非常に効果的な形で、圧制者の意志に対する神の意志の勝利を描き出すことができます。これまでの番組の中でも、預言者ムーサーの人生の出来事についてお話ししてきました。今夜のこの時間は、また別の出来事についてお話ししましょう。
預言者ムーサーが生まれたのは、フィルアウンの命令によって、イスラエルの民の間で男の子が生まれれば、殺されていたような時代のことでした。ムーサーの母親は、息子の命を守るため、神の啓示を受けてその子を箱の中にいれ、川に流しました。しかし、全知全能の神の意志は、その幼い乳飲み子を力強い敵のもとで育たせようとしました。フィルアウンがその子を川から拾い上げ、神の英知の仕業とも知らずに、ムーサーの母親を乳母に選びました。このようにして、ムーサーは、フィルアウンという敵の家で育ちました。アル・ゲサス章の第7節から13節は、ムーサーの幼少期に触れ、続けて、彼の青年期を描いています。預言者ムーサーは、肉体的に成長し、がっしりとした体つきをしていました。彼はある日、虐げられた人の助けを求める声を聞きました。その声の方に行ってみると、フィルアウンの統治政権の役人が、身寄りのない人物に向かって理不尽なことを述べています。ムーサーは、その人をかばうために、圧制者ともみ合いになり、その男を殴り、殺してしまいました。この事件の後、ムーサーにはたくさんの出来事が降りかかります。町の向こうから一人の男性が彼のもとにやって来て、言いました。「民の長老たちがあなたについて相談しあい、あなたを殺そうとしています。だからすぐに、ここから離れた方がいい」
いつ何が起こってもおかしくないと考えていたムーサーは、不安と恐怖を抱えながら、エジプトの地を離れ、マドヤンに向かいました。マドヤンの井戸に着いたとき、井戸の周りに集まり、ヒツジに水を飲ませている人々の集団に出遭いました。彼らの傍らには、羊たちと一緒に立つ2人の女性がいました。ムーサーは彼女たちに言いました。「あなたたちは何をしているのです?」 2人は言いました。「私たちは、羊飼いが全員、出て行くまで自分のヒツジに水をやることはありません。私たちの父は年老いています。彼にはヒツジに水をやることができません」 そのとき、困っている人を助け、善を行うことについて誰よりも優れていたムーサーは、何かを望むこともなく、すぐに女性たちを助けることにしました。
アル・ゲサス章第24節には次のようにあります。
「そこで彼女たちのために、[ムーサーはその2人の羊たちに]水をやり、日陰に連れて行って言った。『主よ、私はあなたから送られる全ての善いことを必要としています』」
2人の女性が家に帰ると、父親は驚いて尋ねました。「今日はずいぶんと早かったではないか」 2人は言いました。「善良な人物に井戸で出会い、私たちの羊に水をやってくれたのです」 それから、2人の娘のうちの一人が、ムーサーを探し出して言いました。「父があなたを家に招待しています。それでこの間助けていただいたお返しをしたいのです」 ムーサーは娘たちの父親に会い、それまでのいきさつを話しました。この父親は、預言者ショアイブでした。彼は言いました。「恐れてはならない。あなたは圧制的な民の悪から逃れている」 そのとき、その2人の娘のうちの一人が言いました。「この人物を私たちの仕事のために雇いましょう。彼は、何かを任せることのできる最良の人物です。能力があり、信頼できます」 ショアイブはムーサーに言いました。「私はあなたに娘のうちのどちらかと結婚してほしい。ただし、8年間、私のために仕事をすることだ。もしその期間を8年から10年にしてくれるのならありがたい。私はあなたに厳しくするのを望まない」