大きな魚に飲み込まれた預言者ユーヌス
ユーヌスは、背が高く、表情が明るく、理知的な眼差しの持ち主として人々に知られていました。物腰は柔らかく、非常に明晰な話し方をしました。ユーヌスは、何年も前から、毎日、質素な自分の家から広場まで通い、石段の上に立って、こう人々に呼びかけていました。
「偶像をあがめ、奉ることをおやめなさい。唯一の神を信じるのです。」
しかし、ニネヴェの人々はユーヌスの心からの呼びかけにも目を覚ますことなく、偶像崇拝をやめようとはしませんでした。
その日、ユーヌスは、自分の民を唯一神信仰にいざなうことに絶望し、疲労と憔悴の頂点にありました。そして、ひっそりと旅の支度をすると誰にも告げることなく、町の外へと向かったのです。ユーヌスは、ひたすら歩き続け、やがて海辺に到着しました。そこでは、大勢の人が船に座って、今にも出航しようとしているところでした。ユーヌスは尋ねました。
「すみません。私も、あなたたちと一緒に旅をさせていただけないでしょうか?」
旅人たちは、ユーヌスの表情と物腰に普通の人とは違う威厳を感じ、快く彼を船へと迎え入れました。こうして、船が少しずつ岸を離れ、沖に到着した頃でした。それまで静かな航海を続けていた船を、突然、大きな嵐が襲いました。船は恐ろしい荒波に翻弄され、今にも飲み込まれてしまいそうでした。
その頃、船乗りたちの間では、“罪を犯した人が船にいると、船は嵐に見舞われる”と考えられていました。そして、罪を犯した人を船から追放しなければならず、もし、誰も自分の罪を認めようとしなかった場合には、くじを引いて、そのくじを引き当てた人を、海に投げ落とすことになっていました。嵐はますますひどくなっていきました。そして、初めは、船を小さなゆりかごのようにしてあちらへ、こちらへと揺らしていた波は、だんだん、高い山のように次から次へと襲い掛かり、船は今にも沈みそうでした。船長が、船に乗っている全員の名前を皮の上に記し、くじを引くように叫びました。それを実行した彼らの中で、くじを引きあてたのは、最後に船に乗り込んだユーヌスでした。
船長は声を上げました。
「ユーヌスとは誰か?」
神の預言者ユーヌスは、前に歩み出て言いました。
「私です」
ユーヌスの精神性に溢れた清らかな表情を目にし、船長はまさかこの人物が罪びとなのだろうかと、信じられない思いでした。そこで、こう提案したのです。
「私たちは間違いを犯してはならない。そんなことをすれば、状況はさらに悪くなってしまう。くじ引きを3回行おう」
こうして、くじのやり直しが行われましたが、またしてもユーヌスの名前が挙がりました。そして、3度目のくじが引かれましたが、そのときもやはり、ユーヌスの名前が引かれ、一同は驚くしかありませんでした。
こうしてユーヌスは、仕方なく、海の中に投げ落とされることになりました。ユーヌスが海の中に沈んだそのとき、大きな魚がやって来てユーヌスを飲み込んでしまったのです。その魚はあっという間に波をくぐって、海の暗い水底へと消えていきました。ユーヌスが意識を取り戻したとき、彼は自分が暗く狭い海の中に閉じ込められてしまったことを知りました。ユーヌスは、神の加護によって魚の腹の中で生き続けていましたが、彼の肉体は苦しみの中にあり、苦痛と悲しみが彼を襲っていたのです。ユーヌスは考えました。
「これはきっと、私が人々を導く使命に怠慢であったからだ。神の命がくだってもいないのに、民を置き去りにして、彼らのもとを去ったことの報いに違いない」
ユーヌスはそのような苦しい状況の中で、神に助けを求め、暗い海の底で、嘆き、悲しみと共に言いました。
「神よ、あなた以外に神はいない。あなたは全く欠陥も誤りもない御方です。私は我と我が身に圧制を行いました」
ユーヌスの心からの改悛が神に届いたそのとき、神の慈悲の波が起こり、ユーヌスを、悲しみの淵から解放しました。怪物のような魚は、浅瀬へとユーヌスを運び、そこで、自分の口の中から彼を外へと放り出しました。
大きな魚の口から、浜辺へと放り出されたユーヌスは、昼間の眩しい光に眼をしばたたかせ、怪我を負って力のない足で、やっとのことで地面を踏んでいました。しかし、空腹に苛まれ、弱っていたユーヌスには、歩く力も残っていませんでした。そのときです。ユーヌスの傍らに一本の木が生えてきたかと思うと、見る間に大きくなったではありませんか。ユーヌスは、その木陰に横になり、その木に実った果物を食べ、元気を取り戻したのでした。そして再び、神に厚い感謝を捧げました。聖典コーランはこれについて、第37章サーファート章「整列者」、第143節と144節で次のように語っています。
「ユーヌスが神を称賛する者の一人でなかったら、最後の審判の日まで、魚の腹の中に留まっていただろう」
古代メソポタミアの北部、アッシリアの都市ニネヴェの人々は、興奮に沸いていました。預言者ユーヌスの民は、今や罪を悔い改め、救済の道を歩み、神の責め苦を見事に遠ざけました。大勢の人々が、町の広場に集まり、互いに言葉を交していました。
「ユーヌスがここにいてくれたなら、どんなに喜ばしかったことだろう。今の私たちを導いてくれたならよかったのに」
「まったくだ。だが、私たちは彼の本当の素晴らしさを理解することができなかった」
別の一人が言いました。
「私たちは彼を苦しめて、彼の言葉を嘲笑するなんて、なんと愚かなことをしたのだろう」
すると、別の一人がその言葉をさえぎって、遠くを指差し言いました。
「おや、あそこを見てごらん、誰かがこちらに向かってやってくる。あれは誰だろう?」
その人物がさらに近づいてきました。彼らのうちの一人が、歓喜の表情で両手を広げながら叫びました。
「神に感謝しよう。ユーヌスだ。あなたの預言者が帰ってきた!」
人々は、ユーヌスを出迎えるために走り出しました。こうしてユーヌスは、自分の民のもとへと戻って来たのです。再び、人々を導くために。
預言者ユーヌスとその民は生涯、幸福な生活を送り、神の恩恵に授かることができました。