イスラエルの王になった若者タールート
タールートは、父親と一緒に毎日畑仕事に精を出していました。
タールートは、父親と一緒に毎日畑仕事に精を出していました。タールートは屈強な体格と清らかな心を持った若者でした。その日、タールートは畑仕事に夢中になっていたため、家畜たちが畑を出ていったことに気づきませんでした。しばらくしてから、タールートは仕事の手を休め、額の汗をぬぐって、辺りを見回しました。そのときになってようやく、家畜がいなくなっていることに気づいたのです。そこで、一緒に働いている農夫を伴って、家畜を探しに行きましたが、かなり遠くまで足を伸ばして探し回ったのにもかかわらず、どうしたことか家畜たちは見つかりません。仕方なく、家に戻ろうとしたとき、農夫が言いました。
「ここは神の預言者、サムエルの生まれ故郷です。せっかくここまで来たのですから、彼の許に行き、教えを乞うというのはいかがでしょう。」
タールートは快くその申し出を受け入れ、農夫と一緒に預言者サムエルの許へと向かうことにしました。お腹を空かせて疲労困憊した彼らが、高く聳える山の麓、サムエルの家のあたりまでやってきた時、大勢の人々が話す声が聞こえてきました。
「サムエルよ、我々のために王様を選んでください。我々がその王様の助けを借りて、神の道において戦うことができるように」
魅力的で光り輝く面差しからも高貴な人物であることが伺えるその人、預言者サムエルは答えました。
「あなた方、イスラエルの民は非常に臆病です。もし戦いを命じられても、互いにすべきことを押し付け合うことになるでしょう。だが、そこまで言うのなら、私はあなた方の望むところについて神から命を受けましょう」
タールートと農夫は彼らに近づいていきました。預言者サムエルは、彼らの姿を認めると、突然、話をやめました。人々は後ろを振り返りました。サムエルは言いました。「ああ、やってきた!彼こそあなた方が待ち望んでいた人物、あなた方の状況を整え、率いてくれる人物だ。彼の名は、タールート」
若いタールートは、びっくりして言いました。
「あなたは私のことをご存知なのですか?私は貧しい農民に過ぎません。逃げた家畜を探して、ここまでやって来たのです。あなたの知恵をお借りしようと思ったものですから」
サムエルは言いました。
「心配することはありません。あなたの家畜たちは、今頃、お父上の畑へと向かっている頃でしょう。あなたは、神がお望みになった偉大な使命を理解すべきです。世界の創造主である神は、あなたをイスラエルの民の王に選ばれました」
イスラエルの民は、目の前で起こっている出来事に呆気にとられ、互いに顔を見合わせ、眉をひそめて言いました。
「どうしたら彼が、私たちの王になどなれるというのだ?まだしも我々の方が、ずっと王にふさわしい。何より彼にはほとんど財産というものがない」
預言者サムエルはきっぱりと人々に告げました。
「神はタールートをあなた方のために選ばれ、彼の知識と能力をより高くされた。神は、ご自分がお望みになる人物に王権を与えられる。神は全知全能の御方。」
イスラエルの民は言いました。
「もし神が命じられたというのなら、我々もそれを受け入れましょう。ただし、我々が納得できる、何かはっきりとした徴(しるし)を示していただきたい」
サムエルは答えました。
「神はあなた方の頑なな心をご存知です。だからこそ、示された徴(しるし)を見るべきでしょう。それはムーサーとハールーンの一族の遺産、あなた方が失ったがゆえに不幸と脆弱さに陥った、あの約束の箱、それが今、あなた方のもとにもたらされます。天使たちによって運ばれてくるその箱こそは、あなた方のための教訓となるでしょう。もし、あなた方に信仰があるのなら。」
人々は預言者サムエルの言葉に立ち上がって、辺りを見回しました。なんと今、その箱が人々の前に再びあらわれたのです。約束の箱は、彼らへの神の大きな恩恵で、彼らにとって祝福に満ちた徴(しるし)がありました。しかし、イスラエルの民が自分たちの宗教法から逸脱し、道徳や行動において腐敗や堕落に陥ったとき、約束の箱は姿を消し、イスラエルの民の結束も崩れてしまいました。人々は、約束の箱を確かに認め、タールートと契約を結び、彼が王座につくことを受け入れたのでした。
タールートは、王座に着くとすぐさま、自分の政策に取り掛かり、イスラエルの民に向かってこのように告げました。
「希望する者は、私の軍隊に名前を登録するが良い。ただし、懸念する事柄を抱えていない者に限る。家を建てようとしている者。結婚を考えている者、取引の最中にある者たちは、私の軍隊に入る必要はない。」
こうして軍隊が出揃い、タールートの前に整列しました。タールートは、じっくりと兵士一人一人を観察しました。一部の者たちの瞳には迷いが波打っていました。彼らを試すため、タールートは大きな声で言いました。
「我々は途中で、川にたどり着く。忍耐強く、私の命に従う者は、その水を飲んではならない。ただし、手のひらに一杯、すくった分だけならば構わない」
しかし、軍勢は、その川にたどり着いたとき、のどの渇きに苦しんでいたため、わずかな数の兵士を除いて、残りの者たちは、その水を大量に飲んでしまいました。タールートは言いました。
「私の真の軍隊は、今、敬虔で忍耐強い兵士たちである」
タールートはそれから、兵士たちを2つのグループに分け、戦場へと向かわせました。敵は、多くの武器を持っていました。中でもジャールートという司令官は武勇で名をはせた英雄でした。タールートの軍隊の中の臆病な兵士たちは、ジャールートを見ただけで青ざめ、言いました。
「今日、私たちは、ジャールートと彼の軍勢に立ち向かう力がありません」
すると、わずかな数の兵士たちのグループから、一人の少年が前に進み出て、タールートに言いました。
「私は、戦場にいる2人の兄の消息を、父の許に届けるよう言いつかっております。しかし私は今、ジャールートと戦いたいと思います」
タールートは最初、その申し出を聞き入れませんでした。ダーヴードという名のこの若者は、さらに強い決意を瞳に宿しながら言いました。
「私の幼い見た目で、どうかあなた様が判断を誤ることがありませんように。私はつい昨日も、大きな熊を打ち倒しました。また少し前には、ライオンと闘ったこともあります」
タールートは彼の意志を賞賛し、戦うことを許可しました。しかし、敵のジャールートは、この少年を見るや否や、笑い出してしまいました。
「お前はもう、人生に満足したというのか?ひょっとすると、その手にある杖が、お前の武器だとでも言うのか?」
まだジャールートの言葉が終わらないうちに、ダーヴードは弓に石をつがえると、それをジャールートに向かって思い切り強く放ちました。一瞬でそれは彼の頭に命中し、ジャールートの頭は割れて血が流れ出しました。ジャールートが、自分に何が起こったのかを理解する前に、ダーヴードはジャールートに向かって次々と石を放ち、とうとう英雄ジャールートは地面に倒れてしまいました。
神はその後、ダーヴードに統治権と王座を授け、何でも彼が望むことを教えて、彼を神の預言者に選びました。
この物語は、コーラン第2章アル・バガラ章雌牛、第246節から251節までに登場します。神はこの節の終わりで、次のように語っています。
「もし神が、一部の人を、別の人々によって退けていなかったら、地上は腐敗していたことだろう。だが神は、世界の人々に恩恵を与えてくださった」