イラン各地のモハッラム月の行事
(last modified Thu, 05 Sep 2019 10:00:00 GMT )
9月 05, 2019 19:00 Asia/Tokyo
  • モハッラム月の行事
    モハッラム月の行事

今回は、シーア派3代目イマーム、ホサインの追悼期間に際した伝統的な行事をご紹介しましょう。

イマームホサインに追悼をささげる伝統的な行事のひとつに、胸をたたくスィーネザニーという行事があり、これは哀歌とともに行われます。スィーネザニーは、イマームホサインが殉教した月であるイスラム暦のモハッラム月の追悼集会の中で、イラン各地の都市や農村で、ほぼ同じような形で行われています。

スィーネザニー

モハッラム月は、イスラム暦の1月にあたります。この月は、アラブ人にとって戦争が禁じられている月ですが、カルバラの出来事はこの月に起こりました。モハッラム月は、カルバラで起こったアーシュラーの月のイマームホサインの蜂起を思い起こさせる月であり、アーシュラーが地球上に広がっていることから、モハッラム月が訪れると、イマームホサインを敬愛する人々によって追悼集会が行われます。

 

シーア派の文化は、アーシュラーの蜂起の影響を受けており、イマームホサインへの追悼と殉教の追求と融合しています。追悼儀式は、人間の崇高な価値観の復活の象徴とされ、その価値観とは、イマームホサインとその教友たちが、命をささげるもとになったものです。そのため、この偉大なる出来事のメッセージは、シーア派の個人的、社会的な生活の様々な側面に影響を及ぼしています。おそらく、精神的な儀式の中で、特にシーア派によって世界各地で行われている追悼儀式の中で、アーシュラーの儀式は、最も多様で包括的かつ深い儀式となっています。

 

モハッラム月が近づくにつれ、イランをはじめとするイスラム世界の多くの地域が悲しみに包まれ、この月の追悼行事のための準備が行われます。イスラム世界のモスクや宗教施設では、それぞれの地域で、さまざまな形でその準備が行われています。

 

聖地では、性別や年齢を問わず、多くの人がその準備に参加しています。モハッラム月を前に、テントが張られ、壁や中庭が清掃され、黒い布がかけられます。ホセイニーエと呼ばれる宗教施設の中庭には寄付によって集められたじゅうたんが敷かれ、イルミネーションが飾られます。

 

イランの追悼行事のひとつが、スィーネザニーです。胸をたたいて追悼をあらわす人は、スィーネザンと呼ばれます。スィーネザンは、他の人々と調子を合わせなければなりません。彼らは列を作って、追悼の集団の中に参加し、カルバラの出来事を語った詩が読み上げられる中で、独特のリズムに合わせて胸をたたきます。

ラーミヤーンのスィーネザニー・キャマルべキャマルの儀式

 

イランの一部の地域では、このスィーネザニーのやり方が異なっており、独自の動きやリズムを伴っています。ここからは、イランの一部の地域のスィーネザニーの儀式についてお話ししましょう。

イラン南部ブーシェフルの伝統的なスィーネザニーの儀式

 

イラン北部のラーミヤーン行政区では、昔から、「スィーネザニー・キャマルべキャマル」という追悼行事が行われています。この方法がラーミヤーン行政区の人々によってえらばれたことは、シーア派の初代イマーム、アリーと、他の11人のイマームたちへの信条を示しており、この町のイマームアリー広場の周りをまわることによって行われています。

 

毎年モハッラム月10日、追悼を行うそれぞれの部族の集団は、ラーミヤーン中心部の広場から、イマームアリー広場に向かい、この場所で、スィーネザニー・キャマルべキャマルを行います。スィーネザニーの儀式では、人々は、白と緑の服を身に着けます。この儀式は、アーシュラーの日の朝、他の行事とともに行われます。

 

イラン無形文化遺産登録最高評議会は、このラーミヤーンのスィーネザニー・キャマルべキャマルの儀式を、無形文化遺産として、イランの国家遺産リストに登録しています。

モハッラム月の行事

この他、イラン南部のフーゼスターンとブーシェフル州では、スィーネザニー・ヴァーヘドという儀式が行われています。これは長い歴史を有しており、人々が何重もの輪を作り、左手で左側の人の腰をつかみ、右手で胸をたたきます。そして胸をたたきながら、輪が少しずつ回転します。

 

このスィーネザニーの中で歌われる哀歌は、ブーシェフルの哀歌のひとつで、重い響きがあります。スィーネザニー・ヴァーヘドは、太鼓や独自の小さなラッパの後に少しずつ始まります。最初は一人の人が哀歌を歌い始め、それを合図に少しずつ人々が集まり、輪が出来上がります。胸をたたく人々は、足の動きをそろえながら、哀歌を歌う人の周りをまわり、その人に応じて歌いだします。通常、この時には胸をたたくことはありません。

 

しばらくした後、スィーネザニーと哀歌のリズムが高まり、およそ10回から12回、胸がたたかれた後で、メインの哀歌の歌い手が、「ヴァーヘド」と言い、胸をたたく人々に指示を出します。足を前と後ろに出しながら、胸をたたいていた人々は、ヴァーヘドの合図に従って、一度だけ、右足を前に出して胸をたたきます。

 

ヴァーヘドは、追悼行事のクライマックスです。このときに哀歌を歌うのは歌い手のみで、胸をたたく人は歌いません。調子をそろえ、心を一つにした大きな集団は、カルバラの出来事とイマームホサインへの敬愛のしるしとなっています。

 

ヤズレという儀式も、ブーシェフルの人々の特にモハッラム月の古くからの慣習のひとつで、独自の方法によって行われます。この儀式は、伝統的なスィーネザニーの後に行われます。人々が前の人の腰をつかみ、列車のようにつらなり、ヤズレという詩の調子に合わせてゆっくりと前に進みます。

 

この追悼儀式では、しばらく歩いた後、真ん中に輪のようになって、ヤズレのリズムに合わせ、胸をたたき始めます。この儀式で歌われる哀歌や詩は、それがいつ行われるかによって異なります。

ザンジャーンのモハッラム月8日の追悼儀式

ザンジャーンも、独自のスィーネザニーの儀式で有名です。長年にわたり、モハッラム月8日の夕方には、何千人もの人々が、ザンジャーンの大きなホセイニーエという宗教施設から、町のイマームザーデ・イブラヒームという場所まで移動します。町の人だけでなく、近隣の州の人々やアゼルバイジャン共和国の人々も、ザンジャーンでこの儀式に参加しています。

 

シーラーズでも、ガターリーと呼ばれる独自のスィーネザニーが存在します。このスィーネザニーは現在では、いくつかのモスクや宗教施設で行われるのみです。このスィーネザニーは、最初に立ったまま2歩進み、胸をたたき、「ホサイン」と言います。

 

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